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法定単純承認となる場合

2017.01.10 | 投稿者:中野 知美

相続放棄

先月、夫が亡くなりました。亡夫は、会社を経営していたため、会社の債務を連帯保証しており、債務がどれぐらいあるのかわかりません。そこで、相続放棄を検討しているのですが、亡夫の葬儀費用に充てるため、亡夫の預金口座を解約して預金を引き出してしまいました。
相続放棄をする上で、何か不都合があるでしょうか。

回答

民法920条は「相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。」と定めており、民法921条は、各号で、相続人が具体的に承認をしていなくとも、承認したとみなされる場合について定めています(「法定単純承認」)。

本件に関しては、「葬儀費用に充てるために旦那様の預金を解約し引き出した」という行為が、1号の「相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき」に該当するか否かが問題となります。
仮に、「葬儀費用に充てるために旦那様の預金を解約し引き出した」という行為が、民法921条1号の「処分」にあたるとすれば、相談者様は旦那様の預金を単純承認したとみなされるため、もはや相続放棄(民法938条)は出来ないことになってしまいます。

この点については、一般の処分行為すべてが民法921条1号の「処分」に該当するものではなく、単純承認とみなされるという法的効果を与えるのに妥当な程度の処分でなくてはならない(中川善之助編・註釈相続法(上)247頁〔舟橋諄一〕)とされています。
より具体的には、遺産分割協議をする、売掛金などの債務の履行を相手方に請求する、逆に債務の履行をするなど、「相続人」として、遺産を相続したことを前提とする行為がこれにあたります。
もっとも、「相続人」としての行為というよりは、故人の「遺族」としての行為であると評価すべき場合があります。

裁判例

次のように判示をした裁判例があります。

大阪高決平成14年7月3日家月55巻1号82頁
「 ・・・(省略)
ア 葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。
したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。

イ 葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが、一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に、その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり、預貯金等の被相続人の財産が残された場合で、相続債務があることが分からない場合に、遺族がこれを利用することも自然な行動である。
そして、抗告人らが購入した仏壇及び墓石は、いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、抗告人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが不足したため、一部は自己負担したものである。
これらの事実に、葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると、抗告人らが本件貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できないというべきである。・・・(省略)」

この裁判例の判示を前提にすると、葬儀費用に充てる目的で行った預金の解約、引出し行為は、民法921条1号の「処分」にあたらず、法定単純承認事由にあたらないといえます。
その理由については、判示からは必ずしも明確ではありませんが、これらの行為が、「相続人」としての行為というよりは、あくまで故人の「遺族」としての行為であると評価されたことがその理由であると考えられます。
もっとも、葬儀費用相当額の支出というには高額過ぎる預金の引出しの場合には、「相続人」として被相続人の財産を処分しようとしたと評価され、民法921条1号の「処分」とされる可能性もあります。

なお、相続放棄(民法983条)ができるのは、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」(民法915条1項本文)ですので(伸長は可能、同項但書参照)、注意してください。