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退職者への損害賠償請求

2018.03.06 | 投稿者:畑山 浩俊
手塩にかけて育てた社員が、一切業務の引継ぎをせずに退職した。
お陰で取引先に迷惑をかけた。人材不足で採用に多額のコストがかかるのに、こんなに急に辞められてはかなわない。他の社員に対する戒めにもしたいので、辞めた社員に損害賠償請求したいが可能か。

退職者への損害賠償請求使用者側で労働事件を取り扱っていると、このようなご相談を頻繁に受けます。

結論的には、会社から辞めた従業員に対する損害賠償請求は控えた方が無難です。
損害賠償請求ができるケースもあり得ますが、逆に会社から辞めた従業員に対する損害賠償請求が違法と判断されるケースもあるのです。

ここで一つ事例を紹介しましょう(横浜地判平成29年3月30日)。

システムエンジニアとしてX社というIT関係の会社に入社したYさんですが、入社してから1年も経たないうちに、躁うつ病を理由に退職しました。

X社は、
①Yさんは実際には躁うつ病ではないにも関わらず、退職に当たり虚偽の理由を告げたこと
②業務の引継ぎをしなかったこと
の2点を理由に、Yさんに対してなんと約1270万円もの損害が生じたとして訴訟提起したのです。

Yさんは、実際、躁うつ病に罹患しており、①の点については認められませんでした。
ここで若干補足ですが、仮に、Yさんは躁うつ病ではないとしたらどうでしょうか。つまり、虚偽の理由を告げて退職した場合、そのことが不法行為に該当するのかどうか、という問題です。
結論から言いますと、そもそも労働者には辞職(解約)の自由がありますので、退職に当たって虚偽の理由を告げたとしても、そのこと自体が不法行為になるとは考えられません。

また、X社は、②Yさんが業務の引継ぎをせずに辞めたことで取引先からの受注が無くなったことや、他の従業員が穴埋め作業を余儀なくされたことなどを捉えて、約1270万円もの損害が生じたと主張しましたが、その点についても、裁判所は、Yさんが辞めたこととX社に生じた損害との間には因果関係が無いと判断し、X社の請求を退けました。

これに対して、YさんはX社に対し「X社のYに対する訴訟提起は、辞職の自由、職業選択の自由を否定し、奪い去るもので認められないことは明白だ。それを認識しているのに訴訟提起するのは不当訴訟以外のなにものでもない」として、約300万円の損害賠償請求訴訟を提起したのです。

裁判所は、
X社主張のYさんの不法行為に基づく損害賠償請求権は、事実的、法律的根拠を欠くものというべきであるし、X社主張のYさんの不法行為によってX社が主張するような損害など生じないことは、通常人であれば容易にそのことを知り得たはずだ。それにも関わらず、Yさんの月収の5年分以上に相当する大金の賠償請求をすることは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきだ。
と認定し、X社に110万円の賠償を命じました。

以上のように、会社は、元従業員に責任追及したところ、それは認められず、かえって会社が賠償義務を負うという結論になったのです。

会社が人材不足に悩む中、人材募集のため多額の費用をかけてせっかく雇った人がすぐに辞めてしまったときの経営者の憤る気持ちも理解できます。そして、「従業員に舐められたくない」という感情を持つことも理解できます。

しかし、私は、その怒りのエネルギーを元従業員に向けることは決して得策ではないと思います。仮に、それで元従業員の損害賠償請求が認められたとしましょう。そのことで一時は経営者サイドの気持ちは報われるかもしれません。単純に言うと、「スカッとする」のかもしれません。

しかし、ここで立ち止まって考えてください。

他の従業員や、社長が経営者サイドの人間であると思っている役員等は社長のことをどう思うのでしょうか。

恐怖政治を敷くことで周りにはイエスマンしか居なくなりますし、社内の風通しは悪くなること間違い無しです。そのような風通しの悪いワンマン企業の行く末は敢えて論じるまでも無く明白です。成長しません。

社長は、自身の会社をそんな会社にしたいと本心で思っているのでしょうか。

経営者のエネルギーを向けるべき方向は「経営」です。
経営者にしかできない仕事にエネルギーを注ぎ込んで欲しいと強く願います。

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