法律事務所かなめは相続問題・交通事故問題・労働問題などのお悩みを解決します

A社長野販売ほか事件

2018.10.17 | 投稿者:畑山 浩俊
公然とパワハラを行っているにも関わらず、自分の考え方や手法は間違えていないと考えているワンマン社長に手を焼いています。
昨今、ハラスメント問題は無視できない企業リスクになっており、ワンマン社長を引き留める必要があると思うのですが、どうすれば社長の暴走を止めることができるでしょうか。

1.はじめに

「パワハラは無視できない企業リスクである」との認識は最近では常識になりつつあり、パワハラ防止対策を積極的に講じる企業が増えています。しかし、どれほど立派なリスク管理の仕組みを構築しても、肝心の経営者そのものが法務リスクに対する認識に乏しい場合、その仕組みは有効に機能することはありません。
本判決はそのことを示す良い例であり、経営者としては反面教師にすべき事案です。

2.本判決の分析

pawahara本判決では原告が4名います。それぞれE、F、G、Hさんと言います。
いずれも40代後半から50代後半の年齢の女性従業員です。問題となったパワハラを行ったのはY社長です。Y社長の数々の問題行動の結果、E~Hは定年よりも早期に自主退職する道を取らざるを得なくなりました。

Y会社はグループ会社のうちの一社なのですが、Y社長は、平成25年4月1日、別のグループ企業からY社にやってきて、Y社の社長に就任しました。就任当初の挨拶から問題が目立ちました。「係長もいますね。女性の方もいらっしゃいます。そういう方も含めてですね、これは私がしている人事ではありませんから、私ができないと思ったら降格もしてもらいます」と朝礼で発言しました。このうち係長という肩書を有していた女性従業員はEとFでした。要するに、この朝礼の「女性の方」というのはEとFに対する名指しの攻撃なのです。
直接的なパワハラは特にFに対して苛烈でした。Fは経理担当でしたが、前任の社長の時代である平成23年10月頃、Y社は税務調査を受けており、追加の税金の支払等、すべて前社長の指示に基づきFが対応していました。この税務調査の一件をY社長が就任後知るに至り、問題として大きく取り上げることになります。FはY社の業務命令を遂行しただけなのですが、正当な理由なく降格という懲戒処分を受けることになります。また、賞与も正当な理由なく減額されたりしました。

Eに対しても正当な理由なく賞与を減額するなどした他、Fの経理処理についてEにも責任があり、刑事事件にできる材料がある、Eの給与が高額に過ぎる、50歳代の社員(Eのこと)は会社にとって有用でない等と述べ、退職を強要するなどしました。
他にGとHについては、EやFと同じ職場で働いており、Y社長のEやFへの言動を見聞きしており、自分たちもY社長から同じような対応があると受け止めることは当然であると考えられ、間接的に退職を強要していたと認定されました。

3.実務への応用可能性

冒頭でも述べたように、例えどれだけ立派なリスク管理体制が構築されていたとしても、経営者のリスク管理に対する認識が欠如している場合、その体制は有効に機能しません。
本判決にも表れているようにこのような経営者の意識は人事考課等を通じて従業員に伝播します。どれだけ立派な仕組み・体制・コンプライアンスが謳われていても、社員はそれによって評価されないことを肌で分かっています。結局、経営者の取り巻きもリスクに対する認識が欠如していることが多く、ひいては組織全体がコンプライアンス意識の低い状態になっていることが多いと思います。残念ながらこういった企業は、裁判に発展するなど荒療治が施されない限り、改善することは無いでしょう。

この本を手に取っておられる方の中に、本判決で紹介した経営者のような方はおられないと思いますが、コンプライアンス意識の欠如している企業内で、問題がどのように明るみになり、悪化していくのか、という過程を考えてみたいと思います。この過程を考えることで、リスク管理は積極的に会社側から行うべきものだということを再確認していきたいと思います。

経営者がパワハラ等の問題行動を平然と行っている会社では、当然のことながら従業員に不満がたまります。不満を持った従業員の取る行動として多いのが、労働基準監督署に相談に行くことです。会社に労基法違反又は労基法に基づいて発する命令に違反する事実がある場合、従業員は労基署等にその事実を申告することができます(労基法第104条1項)。申告を受けた労基署は、その会社に訪問して調査したり、経営者を労基署に呼び出して調査することがあります。なお、パワハラについては「労基法違反」「労基法に基づく命令違反」ではないので、労基署は事実上相談に乗るに留まります。
しかし、仮にパワハラ以外に、36協定に違反する長時間労働がある、割増賃金を支払っていないといった労基法違反がある場合には、事実上の相談に留まらず、調査の上、是正勧告がなされることがあります。労基署の監督官は突然会社にやってきますから、従業員の間では「この会社は何か違法なことをしているのでは?」といった不安が広がることになるでしょう。

他に、不満を抱えた従業員が取る方法として考えられることは、労働組合へ駆け込むことです。企業内労働組合のある会社もありますが、中小企業の多くは企業内に労働組合は存在しません。そこで、不満を抱えた従業員の中には、様々な企業の従業員が加盟している地域ユニオン(合同労組)に駆け込む者も現れます。
その上で、地域ユニオンから要求事項の記載された団体交渉申入書が会社に突然届きます。場合によっては、会社にいきなり乗り込んでくる地域ユニオンもあります。私がかつて担当した団体交渉事案では、30人いる従業員のうち、実に半数が地域ユニオンに加入し、会社内部が大きく二分し、経営者が仕事どころではなくなる騒ぎに発展しました。経営者からすると名前も聞いたことのない地域ユニオンから団体交渉という名の「話し合い」が求められるのですが、これに誠実に応じる義務があり、実に大変な事態になります。一度結成された労働組合は容易に無くならず、10年以上地域ユニオンとの交渉を続けている会社も存在します。

最後に、不満の抱えた従業員の行動パターンは、弁護士への相談です。
考えられるパターンは、①顧問弁護士へ相談する、②企業内弁護士に相談する、③①②以外の弁護士に個人的に相談に行くの3つです。

①は、不満を抱えた従業員が会社の顧問弁護士に「社長のパワハラをどうにかして欲しい」と相談するということです。顧問弁護士は、会社の利益の為に行動しているため、従業員と会社がトラブルになるケースを従業員側で相談に乗ることは利益相反になり、できません。多くの弁護士は、「別の弁護士に相談して下さい。」と回答することになると思います。
ただ、事実上、顧問弁護士が経営者のパワハラの音声を聞いたような場合、「会社の利益を優先する」という顧問弁護士の業務として、経営者に忠告することも考えられるかもしれません。もっとも、経営者に嫌われて顧問契約を解約されるリスクがありますので、個々の弁護士によって対応は変わると思います。

②の企業内弁護士に相談するという点は、その会社の法務部がどの程度機能しているのか(経営者の言いなりになっていないか)という点で効果が左右されると思います。

最後の③の当該会社とは全く関係の無い弁護士に相談に行った場合には、とことんまで法的手段を講じてくる可能性があると考えてよいでしょう。本判決のように、パワハラの録音があるようなケースでは、会社側にはあまり勝ち目はありません。長時間労働により割増賃金が発生しているようなケースでは、会社が証拠隠滅することを防ぐため、突然従業員側の弁護士が裁判所と一緒に「証拠保全」という手続のため会社にやってくるケースもあります。

以上、経営者がパワハラ等の問題行動を行っている会社で、不満を貯めた従業員が取る行動を見てきました。問題が目に見える形で噴出する場面は、「労基署の監督官が会社にやってくる」「地域ユニオンから団体交渉の申入書が届く」「弁護士をつけて訴えを起こされる」ということになります。つまり、会社が処置するには時すでに遅しという末期の状態だということです。会社には多大な経済的損失と経営者陣が対応に追われるというロスが発生します。

日頃からのリスク管理がいかに大切かお分かり頂けましたでしょうか。立派な内部統制システムも規則も運用できていなければ意味がありません。経営者にコンプライアンスの意識が無ければ企業は悲惨な末路を辿ることになります。日頃からリスク管理に真正面から向き合うために、弁護士によるリスクマネジネント研修を定期的に受講することをお勧めします。場合によっては、労務問題に詳しい弁護士に、労基署から調査が入った場合の『模擬労基署対応』、労働組合との『模擬団体交渉』などのより実践形式の研修をしてもらうことで、リスクに関する感度を上げることも一考に値するでしょう。

かなめ交流会
労働判例研究ゼミ