みなさんの中に、運営指導の際などに「書類に不備がある」「必要な手続を行っていない」などの理由から、多かれ少なかれ、介護報酬の返還を求められ、実際に返還をしたことがある事業所は多いのではないでしょうか。
介護報酬には多くの公費が含まれており、不正に介護報酬を請求することは許されることではありません。
しかしながら、不正請求に関する行政担当者の指摘は、必ずしも正しいとは限りません。その指摘を鵜呑みにして膨大な自主点検をした上、さらには、それまでに職員の皆さんが一生懸命サービス提供してきた結果を無にするような報酬返還をすることになってしまえば、運営は立ち行かなくなります。また、職員の皆さんが受ける精神的なダメージも大きくなります。
不正請求を指摘された場合には、まずは冷静に、その根拠を確認し、本当に返還をしなければならないのかについて、精査をする必要があるのです。
この記事では、不正請求の指摘がされるきっかけや、不正請求の認定の根拠とされるものにどのようなものがあるかについて解説した上、介護報酬の不正請求が判明した場合に何が起きるかについて解説します。その上で、介護報酬の不正請求が指摘された場合には弁護士に相談した方が良い理由についても解説していますので、現に不正請求が指摘され、悩んでいる事業所の皆さんは、ぜひ参考にしてください。
それでは、解説していきます。
この記事の目次
1.介護の不正請求とは?
まずは、不正請求とは何かについて解説します。
1−1.不正請求の定義
介護報酬の不正請求とは、本来請求できない介護報酬を請求することを言います。具体的には、以下のような請求のことを言います。
- 実際にサービス提供をしてないにもかかわらず、サービス提供をしたとして介護報酬を請求する
- 加算の要件を満たしていないにもかかわらず、満たしているとして介護報酬を算定し、請求をする
- 減算を算定しなければならないにもかかわらず、減算を算定せずに介護報酬を請求する
1−2.不正請求をするのはなぜ?
不正請求の原因としては、大きくは以下の3つなどが挙げられます。
- 1.経営難
- 2.人手不足
- 3.杜撰な運営
1.経営難
事業所を運営していくためには、報酬を得る必要があります。しかしながら、事業所がなんらかの理由で経営難となっている場合には、事業所の運営自体が危ぶまれる状況となります。そのような場合に、少しでも多く介護報酬を得たいと考え、本来請求できない介護報酬を請求したり、加算を算定したりすることがあります。
2.人手不足
職員の退職等により、人員基準を満たさなくなったり、元々は提供できていたサービスが、提供できなくなることがあります。近年の介護業界における人手不足は深刻であり、採用活動を急いでも、なかなか必要な職員を雇い入れることができません。そのような場合に、実際には既に退職している職員を、勤務し、サービスを提供したことにして、介護報酬を請求してしまう事業所があります。
3.杜撰な運営
「1.経営難」「2.人手不足」のように、必ずしも直接的な意図はなかったとしても、事業所として職員の勤務状況を十分に管理していなかったり、書類の管理が杜撰だったりすることで、結果的に不正請求となっている場合もあります。管理者が、このような状況に気付きながら、日々の忙しさに追われて、放置している場合も少なくありません。また、報酬基準を正確に理解していないことから、結果として要件を満たさないにもかかわらず、介護報酬を請求してしまっているケースもよくあります。
1−3.実際の不正請求事案の統計
平成30年度及び令和元年度の指定取消、指定の効力停止処分の理由として、最も多いのが不正請求です。
具体的には、指定取消理由における不正請求の割合は、平成30年度が29.5%、令和元年度が28.7%です。また、効力停止処分理由における不正請求の割合は、平成30年度が33.3%、令和元年度が35.8%です。
このような統計からは、不正請求をした結果として、指定取消や指定の効力停止など、非常に重い処分がされる場合は少なくないということがわかります。
▶参考:「平成30年度及び令和元年度の指定取消・指定の効力停止処分の理由」データ
▶参考:なお、指定取消し、指定の効力停止などの行政処分については、以下の記事で詳しく解説していますので、併せてご覧ください。
2.介護報酬の不正請求事例
以下では、介護報酬の不正請求の事例について解説します。
2−1.近年の報道事例
近年報道された介護報酬の不正請求事例には、以下のようなものがあります。
(1)鳥取県鳥取市の居宅介護支援事業所のケース(2023年)
不正請求の内容
居宅介護支援事業所において、2021年10月から2023年9月までの間、居宅サービス計画作成に際して必要な業務であるモニタリングの記録を実施していなかった等、必要な手続きや書類の作成が十分にできていない等必要な要件を満たしていないにもかかわらず、介護報酬及び特定事業所加算Ⅱの請求を行ったもの
処分の内容
指定の一部効力停止6か月(新規利用者受入れ停止及び介護報酬請求7割の制限)
(2)千葉県柏市の訪問介護及び介護予防・日常生活支援総合事業所(介護保険法)及び居宅介護、重度訪問介護、同行援護事業所(障害者総合支援法)のケース(2022年)
不正請求の内容
<介護保険法>
- (ア) 訪問介護員が同居の家族に対して訪問介護サービスの提供を行っていたにもかかわらず、サービス提供を行っていない別の訪問介護員の氏名を記載した虚偽のサービス提供記録を作成し、介護給付費を不正に請求し受領した。
- (イ) 訪問介護員の資格要件を満たさない者(無資格者)に訪問介護サービスを提供させ、介護給付費を不正に請求し受領した。
<障害者総合支援法>
- (ア) 実際にはサービス提供を行っていない訪問介護員がサービス提供を行ったとする虚偽のサービス提供記録を作成し、介護給付費を不正に請求し受領した。
- (イ) 訪問介護員の資格要件を満たさない者(無資格者)に居宅介護サービスを提供させ、介護給付費を不正に請求し受領した。
処分の内容
不正に請求して受領していた介護給付費を返還させるほか、介護保険法及び障害者総合支援法の規定により、当該返還金額に100分の40を乗じて得た額を加算金として徴収(返還金額約1,340万円(加算金を含む))
(3)大分県別府市の通所介護事業所のケース(2023年)
不正請求の内容
2022年12月から2023年4月までの間、月のサービス提供時間が国の基準を満たしていなかったなどにも関わらず市に対し介護報酬約350万円を不正に請求していた。
処分の内容
指定の一部効力停止3か月(新規利用者受入れ停止)
(4)群馬県館林市の共同生活援助、生活介護事業所(2事業所)(障害者総合支援法)のケース(2020年)
不正請求の内容
- (ア)福祉・介護職員処遇改善加算については、受領した当該加算の総額を超える賃金改善を実施することが要件とされているが、受領した総額を超える賃金改善を実施せず、対象外職員への支給を行うなど一部不支給(不正請求)を行った(双方)。
- (イ)世話人の人員配置基準を満たしていなかったにもかかわらず、減額せずに不正に満額の訓練等給付費を請求し受領した(共同生活援助事業所)。
- (ウ)看護職員の人員配置基準を満たしていなかったにもかかわらず、サービス提供職員欠如減算をせずに、不正に満額の生活介護サービス費を請求し受領した(生活介護事業所)。
合計不正請求額:2621万0040円
※これらの請求にあたり、不正請求の事実を隠蔽するために、実際には勤務していない職員を勤務していたように偽り、虚偽のタイムカードや出勤簿、業務日誌を作成している。
処分の内容
- 共同生活援助事業所、生活介護事業所(1事業所)について指定の取消
- 生活介護事業所(1事業所)について指定の全部の効力の停止(3ヶ月)
その他にも、以下の動画で、運営指導により多額の報酬返還の指導を受けた実際のケアプランセンターの事例について解説していますので、ご参照ください。
2−2.処分の傾向
処分の内容等については、「5.介護保険の不正請求が判明したらどうなる?」で解説しますが、報酬の返還に関しては、事業所側が自発的に返還をしたケースでは、処分として返還請求がされないこともあります。
他方、報酬を返還したとしても、例えば、不正請求にあたって、書類等を偽造していたり、その後の監査当の際に、不正請求を隠蔽するために不正請求の根拠となる書類を偽造したり、聞き取り調査で虚偽の報告をした場合などには、悪質性から、事業所の指定の効力停止や指定の取消など、重い処分が課せられる場合もあります。
3.不正請求が発覚するきっかけは?
不正請求が発覚するきっかけには、以下の3つのようなきっかけがあります。
- 1.運営指導、監査(「実地指導記事、監査記事等の内部リンクへ展開)
- 2.職員からの告発・通報
- 3.利用者からの通報
3−1.運営指導、監査
運営指導は、法目的の実現のために、都道府県等の担当者が介護サービス事業所の事業運営が適正に行われているか確認するものであり、原則は実地で行うものです。以前は、「実地指導」との呼称でした。
運営指導は、定期的にどの事業所も対象となることから、運営指導が入ったからと言って必ずしも事業所の運営等に何らかの不備やその疑いがあると言うことではありません。
しかしながら、運営指導の際に書類等を調査した際、不正受給を疑うような事情が発見されることもあり、その場合には、後日、改めて監査が入ったり、場合によってはその場で監査への切り替えが行われ、詳しく検査をされ、その結果不正請求が発覚することもあります。
▶参考:運営指導及び監査に関しては、以下の記事で詳しく解説していますので、併せてご覧下さい。
3−2.職員からの告発・通報
行政庁が監査にやってくるきっかけとして、意外に多いのが、既に事業所を退職した職員等からの通報です。職員の中には、退職理由に不満を持っている職員もおり、そのような職員が、事業所内の不正受給の存在を暴露することが往々にしてあります。
中には、単なる嫌がらせ目的の通報で、実際には不正請求の事実がない場合もありますが、中には、当該職員自らが不正請求に関わっていた場合もあります。また、このような職員は、退職時になんらかの証拠などを持ち出している可能性も高いです。
行政は内部通報を重視する傾向にありますし、内部事情なども事細かに通報されている可能性が高いので、事業所としても対応に苦慮することになります。
3−3.利用者からの通報
介護サービスに対して不満や不信感を持った利用者から、行政に対して通報がされ、これをきっかけに運営指導や監査が入り、その際に不正請求が発覚する場合があります。
この通報は、例えば「決まった時間にヘルパーが来ない」「デイサービスに行っても職員の数が少なくて放置されている」などの、不正請求の疑いの端緒になるようなものもあれば、必ずしも不正請求に関する事情ではないクレームなどの場合もあります。
いずれにしても、このような通報をきっかけとして事業所に監査が入れば、不正請求が発覚する場合があります。
4.不正請求の証拠となるものは?
以下では、不正請求の証拠となるものについて解説します。
4−1.介護記録
介護職員が日々記録している業務日報等の介護記録は、サービス提供をしていることの大きな証拠です。そのため、介護報酬の算定の根拠となっているサービス提供日に、介護記録が存在しないような場合には、不正請求を疑われます。また、介護記録が存在していても、サービス提供をしたことになっている職員が既に退職をした職員であったり、同じ時間帯に同じ職員が複数のサービス提供を実施したことになっているような場合には、不正請求を疑われます。
4−2.職員の勤務表
介護職員は、シフトで勤務している場合が多いですが、サービス提供をしたことになっている職員が、勤務表上、当該時間に勤務していない場合や、勤務表上、複数の業務を同じ時間帯に実施しているような場合には、不正請求を疑われます。
後者については、事業所の運営法人が、複数の事業所を運営し、職員が当該複数事業所での勤務が予定されている場合に発生することが多いです。例えば、運営法人が有料老人ホームと訪問介護事業所を運営している場合、有料老人ホームの勤務表では午前9時から午後5時まで勤務していることとなっており、訪問介護事業所の勤務表では、午前10時から午前11時まで訪問介護サービスを提供していることになっていると、果たして本当に訪問介護サービスを提供していたのか、実際は有料老人ホームの業務をしていたのではないかと疑われてしまいます。
4−3.サービス提供表
「4−1.介護記録」や「4−2.職員の勤務表」と、介護報酬を請求する根拠として作成するサービス提供表との間で齟齬が見つかると、不正請求の疑いが出てきます。具体的には、サービス提供表に記載のあるサービス提供の回数に対応する介護記録がない場合などがあり得ます。
5.介護報酬の不正請求が判明したらどうなる?
介護報酬の不正請求が判明すると、以下の3つなどが発生します。
- 1.介護報酬の返還
- 2.加算金の支払い
- 3.指定の効力停止、取消し
以下で、順に解説します。
5−1.介護報酬の返還
介護報酬の不正請求があった場合には、当然、不正に受給した介護報酬を返還する必要があります。具体的には、以下のような方法があります。
- ①自ら不正請求になっている部分を自主点検し、返金をする方法
- ②介護保険法第22条3項の規定による方法
行政より、不正請求を指摘された場合、不正部分を自ら点検し、任意で返還をするよう求められるケースは非常に多いです。その場合、事業所は、過去数年分の膨大な請求資料等を点検することが求められ、業務が大きく圧迫されます。
事業所が、このような自主点検による返金に応じない場合や、不正請求の状況などによっては、いきなり介護保険法上の返還請求を受ける場合があります。
介護保険法上の返還請求は、介護保険法22条3項に根拠があります。
▶参照;介護保険法第22条
3 市町村は、第四十一条第一項に規定する指定居宅サービス事業者、第四十二条の二第一項に規定する指定地域密着型サービス事業者、第四十六条第一項に規定する指定居宅介護支援事業者、介護保険施設、第五十三条第一項に規定する指定介護予防サービス事業者、第五十四条の二第一項に規定する指定地域密着型介護予防サービス事業者又は第五十八条第一項に規定する指定介護予防支援事業者(以下この項において「指定居宅サービス事業者等」という。)が、偽りその他不正の行為により第四十一条第六項、第四十二条の二第六項、第四十六条第四項、第四十八条第四項、第五十一条の三第四項、第五十三条第四項、第五十四条の二第六項、第五十八条第四項又は第六十一条の三第四項の規定による支払を受けたときは、当該指定居宅サービス事業者等から、その支払った額につき返還させるべき額を徴収するほか、その返還させるべき額に百分の四十を乗じて得た額を徴収することができる。
介護保険法に基づく徴収金は、「地方税の滞納処分の例により処分することができる。」とされており、裁判所に訴えを起こさなくても、滞納となっている徴収金を強制的に徴収するため、預金、生命保険、給与、売掛金、不動産等の財産を差押え、差押えた財産を換価することができます。
例えば、介護報酬が入金されている預金口座を、裁判などを経ることなく突然差し押さえることができるのです。
▶参照:介護保険法
(滞納処分)
第144条 市町村が徴収する保険料その他この法律の規定による徴収金は、地方自治法第二百三十一条の三第三項に規定する法律で定める歳入とする。
▶参照:地方自治法
(督促、滞納処分等)
第231条の3
3 普通地方公共団体の長は、分担金、加入金、過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入(以下この項及び次条第一項において「分担金等」という。)につき第一項の規定による督促を受けた者が同項の規定により指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは、当該分担金等並びに当該分担金等に係る前項の手数料及び延滞金について、地方税の滞納処分の例により処分することができる。この場合におけるこれらの徴収金の先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとする。
▶参照元:「介護保険法」の条文はこちら
▶️参照元:「地方自治法」の条文はこちら
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス1】
不正請求を指摘された際、行政から、「①自ら不正請求になっている部分を自主点検し、返金をする方法」を取るよう求められることは非常に多いです。その理由は複数あると思いますが、これまでの相談案件を見るに、大きな理由は、行政側の作業の効率化にあると考えられます。
「②介護保険法第22条3項の規定による方法」を取ろうと思えば、行政は、不正請求の事実を認定した上、不正請求額を確定しなければなりません。そのためには、事業所から提出される様々な記録を精査し、どのような事実が不正請求に当たるのかを1つずつ認定し、その結果返還しなければならない金額がいくらなのかを洗い出し、計算しなければならないのです。これは、非常に膨大な作業です。そのため、行政側は、まずは事業所側に自主点検を求めてくるのです。
実際、弁護士法人かなめが対応した案件の中で、ある書類の不備を確認するため、5年分の介護記録を1週間程度で全て自主点検し、介護報酬を返還するよう要求されている事業所がありました。5年分の介護記録は膨大で、事業所内では保管が難しく、一部は倉庫等に保管するなどして手元にないことも多いですし、その際には必ずしも整理をして保管しているわけではありません。そして、自主点検の間にも、日々の業務は待ってくれません。そのため、その事業所は、あまりの作業量の多さに途方に暮れていました。
弁護士法人かなめでは、この案件に対し、1ヶ月程度をかけて1年分だけを事業所にきっちりと点検していただき、その結果を踏まえて、行政に対して、そもそも書類の不備が不正請求には該当しないことを説明した結果、1000万円を超える金額について返還を免れることができました。
「①自ら不正請求になっている部分を自主点検し、返金をする方法」は、あくまで任意の手続きです。請求に不正があった場合、自ら自主点検をして報酬を返還をすることは望ましいことではありますが、このような理不尽な対応を一方的に求められた場合には、応じる前に、必ず介護の不正請求に詳しい弁護士に相談しましょう。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス2】
介護報酬を返還する際、返還額によっては、到底一括では返還が難しいケースも多いです。そのため、介護事業所の方から、「分割での返還は可能ですか?」との相談を受けることも多々あります。
ただ、このようなご相談への回答としては、ケースバイケースですと回答せざるを得ません。前提として、行政側は、返還額を分割する義務はなく、原則として、事業所は返還額全額を一括で返還しなければなりません。しかしながら、事業所側としては、全額を一括で返還してしまうと、事業継続が困難となり、廃業をせざるを得なくなる場合もあります。また、行政側としても、必ずしも事業所の廃業を望んでいるわけではありません。
そこで、弁護士法人かなめでは、返還額が確定した後、その金額によっては、事業所の顧問税理士等を交えて事業計画を立て、どの程度の分割であれば、事業を継続しながら全額を返還できるかを行政に対して説明し、分割支払いの交渉をすることもあります。積極的に事業所の財務状況を開示し、「返還額全額をしっかり返還したい」という意向を誠実に伝えて交渉することで、事実上、分割での支払いが認められたケースもあります。
不正請求による返還請求がされ、それが一括では支払えないような場合には、介護報酬の不正請求に詳しい弁護士への相談をお勧めします。
5−2.加算金の支払い
不正請求により介護報酬の支払いを受けた事業者は、介護保険法22条3項に基づいて、その支払いを受けた金額の他、その返還額の100分の40を、加算金として徴収されることになります。つまり、仮に1000万円の返還が必要となった場合には、400万円を加算金として徴収される可能性があるのです。
但し、加算金が付加されるのは、「偽りその他不正の行為により」介護報酬の支払いを受けていた場合です(介護保険法22条3項)。そのため、例えば事務的なミスにより、本来請求できる介護報酬よりも多くの介護報酬を請求してしまっただけのようなケースでは、加算金まで支払う必要はありません。
行政によっては、このような検討をせずに、加算金を付加する場合もありますので、支払いをする前に、必ず介護報酬の不正請求事案に詳しい弁護士に相談しましょう。
5−3.指定の効力停止、取消し
介護の不正請求は、指定の効力停止や取消し事由に当たります。例えば、指定居宅介護事業所に関しては、介護保険法77条1項6号で、指定の効力停止や取消し事由として、不正請求の場合が定められています。
▶参照:介護保険法77条1項
六 居宅介護サービス費の請求に関し不正があったとき。
▶参考:指定の効力停止、取消しについては、以下の記事で詳しく説明していますので、併せてご覧ください。
6.介護報酬返還の時効は?
介護報酬の返還にも時効があり、請求根拠によって時効の期間も異なります。以下では、介護報酬の返還の時効について解説します。
6−1.請求根拠を要チェック!
行政から「介護報酬を請求せよ」と言われる場合には、実は必ずしも請求根拠は1つではありません。
例えば、ある訪問介護事業所が、過去5年間のサービス提供に対して、不正請求による介護報酬の返還を求められ、文書の交付を受けたとします。この時、2種類の文書を渡されることがあります。
その文書は、それぞれ介護報酬の返還等を求めるものなのですが、以下のような題名がついています。
- ①介護保険法第22条3項の規定による不正利得の返還金及び不正利得に係る加算金の決定並びにその請求について
- ②民法703条の規定による不当利得返還金の請求について
この2つの文書に記載されている金額は異なり、この文書にはそれぞれ、請求根拠となる不正請求の内訳などが添付されています。この不正請求の内訳、つまり、サービス提供をしたと申告している時期を見ると、なぜ2つの文書が交付されているのかわかります。
6−2.介護保険法基づく返還の場合
介護保険法上の返還請求は、「5−1.介護報酬の返還」で解説した通り、介護保険法22条3項に根拠があります。介護保険法に基づく徴収金は「公債権」であり、非常に強い債権である反面、時効の期間は短く設定されています。具体的には、徴収金を徴収する権利を行使できる時から2年間となっています。
▶参照:介護保険法
(時効)
第200条 保険料、納付金その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利及び保険給付を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によって消滅する。
2 保険料その他この法律の規定による徴収金の督促は、時効の更新の効力を生ずる。
「6−1.請求根拠を要チェック!」の「①介護保険法第22条3項の規定による不正利得の返還金及び不正利得に係る加算金の決定並びにその請求について」を見ると、不正利得として返還を請求をされている期間は直近2年間となっています。
6−3.民法に基づく返還の場合
他方、民法には、法律上の原因なく利得を得た者に対して、その利得を返還する義務を課しています。
▶参照:民法
(不当利得の返還義務)
第703条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
不正請求により取得した介護報酬は、まさに「法律上の原因なく」得た利得です。そのため、行政は、民法上の不当利得返還請求権に基づき、介護報酬の返還を請求できるのです。ただし、不当利得返還請求権を理由に返還を請求する場合には、ただ請求をするだけでは介護報酬を回収できず、訴訟を提起し、判決を受けた上で、民事執行法上の強制執行の手続きを踏まなければなりません。
このような債権については、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間で消滅します。なお、消滅時効の規定は、令和4年4月1日に改正されており、令和4年3月31日までは、10年が消滅時効とされていました。
▶参照:民法
(債権等の消滅時効)
第166条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
(2項以下省略)
「6−1.請求根拠を要チェック!」の「②民法703条の規定による不当利得返還金の請求について」を見ると、請求の根拠となっているサービス提供期間は、直近2年より以前のものとなっています。
行政としては、本来は地方税の滞納処分が可能な介護保険法上の請求をしたいはずですが、時効期間の関係で、残りの部分は不当利得返還請求権として請求しているのです。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
請求根拠の違いにより、時効だけでなく、回収方法の違いも生じます。すなわち、介護保険法に基づく返還請求の場合は、預金口座の差押等がされる可能性があるので、速やかに対応する必要があります。他方、不当利得返還請求権に基づく返還請求の場合は、訴訟を提起して判決が確定するまでに1年近くかかる場合もあり、すぐに財産が回収されるわけではありません。
実際に、返還金が発生している場合には、もちろん誠実に対応すべきですが、このような性質の違いについては、頭に入れておきましょう。
7.介護報酬の不正請求に関する相談を弁護士にすべき理由
行政庁から介護報酬の不正請求について指摘を受けた場合、または、不正請求が発覚した場合には、介護事業所としては、できるだけ速やかに弁護士に相談をすることが重要です。
まず、行政庁から介護報酬の不正請求について指摘を受けた際、行政庁が主張する、不正請求の根拠となる法令は、非常に複雑かつ難解なことがほとんどです。また、行政庁からは、運営指導や監査などの際に、自主点検をした上で自ら報酬の返還額を計算して返還するよう求められることもあります。
この時、行政庁が主張する根拠が本当に正しいのかどうかについては、確実に確認をしなければ、本来必要のない労力をかけ、さらに事業所運営を脅かしかねないような経済的損失を避けられることもあります。
また、不正請求が行政に発覚していないときは、発覚する前に自発的に申告することが重要です。発覚の契機が自発的な申告によるのか、内部通報によるのかで行政の調査の厳しさも大きく異なります。
弁護士は法律のプロであり、このような行政手続、行政事件の法令についても精通しているため、出来るだけ速やかに相談することで、必要な手続を必要なタイミングで行うことができますし、行政による誤りにも気付き、是正することが可能です。
弁護士に相談する際は、介護業界に強い経験豊富な法律事務所を探すようにしてください。
▶参考:介護業界に特化した弁護士の探し方などは、以下の記事を参考にしてください。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
「5−1.介護報酬の返還」のワンポイントアドバイスで解説した事案は、もしご相談を頂かなかったとすれば、1000万円を超える返還を免れることは難しく、事業所運営自体が困難となる状況でした。
しかしながら、ご相談をいただいたことで、介護報酬の返還を免れるのと同時に、自主点検の中でどのように書類を整備すれば良いのかなどを見つめ直すこともできました。
行政に対して反論をすることや、弁護士が介入することによって、その後の事業運営で、行政から不利益に扱われるのではないかと不安に思われる事業所の皆さんもいらっしゃるかもしれませんが、我々が把握している中では、弁護士介入後に、行政からの態度が厳しくなったような例はありません。逆に、行政側も、法令に従った指導をすることの重要性を再認識し、その後の運営指導等際、対応が柔らかくなったという声もあります。
まずは諦めず、介護の不正請求に詳しい弁護士に相談してください。
8.介護報酬の不正請求に関して弁護士法人かなめに相談したい方はこちら
弁護士法人かなめでは、介護業界に精通した弁護士が、以下のようなサポートを行っています。
- (1)運営指導、監査への対応
- (2)返還請求への対応
- (3)顧問弁護士サービス「かなめねっと」
8−1.運営指導、監査への対応
運営指導の通知が来ると、書類の準備、対応する職員の確保の段取りを立てる必要があり、事業所は非常に慌ただしくなります。
不安の中での準備は、通常業務への影響もありますし、準備の中で書類等の不備が見つかり、さらに不安になることもあるかもしれません。
弁護士法人かなめでは、運営指導の通知が届いてから当日までの、さまざまな準備についてサポートします。事前にしっかり準備をしておくことで、当日を少しでも不安なく迎えることができますし、些細な書類上のミス等で、不必要な追及を受けることも減ります。
また、しっかり準備をしていたとしても、やはり運営指導の当日は、「どんなことを聞かれるのだろう」「わからないことを聞かれて、うまく答えられなかったらどうしよう」、と不安が尽きません。加えて、監査の中には、事前に告知がある場合もあるものの、行政職員が、何の通知もなくやってくる場合が多いです。
弁護士法人かなめでは、顧問契約を締結して頂いている事業所の運営指導に立ち会ったり、突然の監査の際に、所属弁護士が速やかに立会い、または、立会いが難しい場合でも電話等ですぐの連絡を取ることができる体制を整えることができます。
運営指導や監査の当日に、弁護士が立ち会ったり、弁護士にすぐに連絡ができる状況が確保できれば、当日の不安が大幅に減りますし、行政職員への説明の際にも、すぐに相談し、対応を検討することが可能となります。
8−2.返還請求への対応
行政庁から報酬の返還が求められた場合、必ずしもその計算根拠が正しいとは限りません。また、時には何年にも渡る大量の資料の自主点検を求められ、自ら返還金額を計算するよう指示されることもありますが、必ずしも、そのような点検が必要なわけではありません。
弁護士法人かなめでは、行政庁が報酬返還を求めたり、自主点検を求めてきた場合に、その根拠を正確に確認の上、報酬返還や自主点検の必要があるのかについて検討し、行政庁に対する報告の取りまとめ等を行います。
これにより、事業所として不必要な報酬返還や自主点検により発生する経済的損失や、職員にかかる多大な労力を軽減することが可能となります。
8−3.顧問弁護士サービス「かなめねっと」
弁護士法人かなめでは、総合的な法的サービスを提供する、顧問弁護士サービス「かなめねっと」を運営しています。
弁護士法人かなめでは、トラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入し、事業所内で何か問題が発生した場合には、速やかに弁護士へ相談できる関係性を構築しています。
具体的には、弁護士と介護事業所の関係者様でチャットグループを作り、日々の悩み事を、法的問題かどうかを選択せずにまずはご相談頂き、これにより迅速な対応が可能となっています。いつでもご相談いただける体制を構築しています。
法律家の視点から利用者様とのトラブルをはじめ、事業所で発生する様々なトラブルなどに対応しています。直接弁護士に相談できることで、事業所内社内での業務効率が上がり、情報共有にも役立っています。
顧問弁護士サービス「かなめねっと」について詳しくは、以下のサービスページをご覧ください。
また以下の記事や動画でも詳しく説明をしていますので、併せてご覧下さい。
▶︎参考動画:【介護・保育事業の方、必見】チャットで弁護士と繋がろう!!介護保育事業の現場責任者がすぐに弁護士に相談できる「かなめねっと」の紹介動画
(1)顧問料
●顧問料:月額8万円(消費税別)から
※職員従業員の方の人数、事業所の数、業務量により顧問料の金額は要相談とさせて頂いております。詳しくは、お問合せフォームまたはお電話からお問い合わせください。
9.まとめ
この記事では、介護報酬の不正請求が発覚する経緯や根拠を説明し、実際に不正請求が認められた場合に何が発生するのかについて解説しました。
不正請求は是正される必要がありますが、行政からの全ての指摘が正しいとは限りません。弁護士法人かなめでは、不正請求に関する相談も数多く受けており、実際に返還をすべき事由なのか、必ずしも返還が不要な事由なのかの見極めも可能です。
介護報酬の不正請求を指摘された場合には、まずは速やかに、ご相談ください。
10.【関連情報】介護報酬の不正請求に関するその他のお役立ち情報
この記事では、「介護報酬の不正請求を指摘されたら?事例をもとに発覚理由や対処法を解説」として、介護報酬の不正請求に関しての事例や対処法、判明したらどうなるか?等についてを解説してきましたが、この記事でご紹介していないお役立ち情報も以下でご紹介しておきますので、あわせてご参照ください。
・介護事業所が受ける行政処分・行政指導の内容や対応方法を事例付きで解説
「弁護士法人かなめ」のお問い合わせ方法
介護事故、行政対応、労務問題 etc....介護現場で起こる様々なトラブルや悩みについて、専門の弁護士チームへの法律相談は、下記から気軽にお問い合わせください。
「受付時間 午前9:00~午後5:00(土日祝除く)」内にお電話頂くか、メールフォーム(24時間受付中)よりお問合せ下さい。
介護事業所に特化した法務サービス「かなめねっと」のご案内
弁護士法人かなめではトラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入しています。他にはない対応力で依頼者様にご好評いただいています。
「かなめねっと」では、弁護士と介護事業所の関係者様、具体的には、経営者の方だけでなく、現場の責任者の方を含めたチャットグループを作り、日々現場で発生する悩み事をいつでもご相談いただける体制を構築しています。
法律家の視点から利用者様とのトラブルをはじめ、事業所で発生する様々なトラブルなどに対応します。 現場から直接、弁護士に相談できることで、社内調整や伝言ゲームが不要になり、業務効率がアップします!
介護業界に特化した経営や現場で使える法律セミナー開催情報
弁護士法人かなめが運営する「かなめねっと」では、日々サポートをさせて頂いている介護事業者様から多様かつ豊富な相談が寄せられています。弁護士法人かなめでは、ここで培った経験とノウハウをもとに、「介護業界に特化した経営や現場で使える法律セミナー」を開催しています。セミナーの講師は、「かなめ介護研究所」の記事の著者で「介護業界に特化した弁護士」の畑山が担当。
介護施設の経営や現場の実戦で活用できるテーマ(「労働問題・労務管理」「クレーム対応」「債権回収」「利用者との契約関連」「介護事故対応」「感染症対応」「行政対応関連」など)を中心としたセミナーです。
弁護士法人かなめでは、「介護業界に特化した弁護士」の集団として、介護業界に関するトラブルの解決を介護事業者様の立場から全力で取り組んで参りました。法律セミナーでは、実際に介護業界に特化した弁護士にしか話せない、経営や現場で役立つ「生の情報」をお届けしますので、是非、最新のセミナー開催情報をチェックしていただき、お気軽にご参加ください。
介護特化型弁護士による研修講師サービスのご案内
弁護士法人かなめが運営している社会福祉法人・協会団体・自治体向けの介護特化型弁護士による研修講師サービス「かなめ研修講師サービス」です。顧問弁護士として、全国の介護事業所の顧問サポートによる豊富な実績と経験から実践的な現場主義の研修を実現します。
社会福祉法人の研修担当者様へは、「職員の指導、教育によるスキルアップ」「職員の悩みや職場の問題点の洗い出し」「コンプライアンスを強化したい」「組織内での意識の共有」などの目的として、協会団体・自治体の研修担当者様へは、「介護業界のコンプライアンス教育の実施」「介護業界のトレンド、最新事例など知識の共有をしたい」「各団体の所属法人に対して高品質な研修サービスを提供したい」などの目的として最適なサービスです。
主な研修テーマは、「カスタマーハラスメント研修」「各種ハラスメント研修」「高齢者虐待に関する研修」「BCP(事業継続計画)研修」「介護事故に関する研修」「運営指導(実地指導)に関する研修」「各種ヒヤリハット研修」「メンタルヘルスに関する研修」をはじめ、「課題に応じたオリジナル研修」まで、介護事業所が直面する様々な企業法務の問題についてのテーマに対応しております。会場またはオンラインでの研修にご対応しており、全国の社会福祉法人様をはじめ、協会団体・自治体様からご依頼いただいております。
現在、研修講師をお探しのの介護事業者様や協会団体・自治体様は、「かなめ研修講師サービス」のWebサイトを是非ご覧ください。