みなさんの事業所で、職員が退職をする際に、利用者を引き抜いてしまったり、事業所内の資料や情報等を持ち出された上、当該職員が再就職した他事業所において、当該利用者がサービス提供を受けていたり、事業所内の情報が利用されていると疑われるような状況になったことはないでしょうか。
介護事業の中でも、特にケアマネジャーなどは、利用者との関係性が強いこともあり、退職時や独立時の利用者の引き抜きなどが非常に問題となっており、弁護士法人かなめでもしばしば相談を受けています。
退職した職員による利用者情報の利用や引き抜きは、事業所の運営に大きな打撃を与える行為であり、事業所としてはこのような行為に対しては、厳正に対応をする必要があります。
そこで、事業所は、職員に対して競業避止義務を課し、当該義務に対する違反行為に対応することで、事業所としての権利を守る必要があるのです。
この記事では、競業避止義務違反について、その違反行為の定義や具体的な内容を解説した上で、競業避止義務違反への対応方法について解説します。また、競業避止義務違反を防止するための方策についても解説していますので、これから職員を雇用する介護事業所の皆さんは、参考にしてください。
それでは、見ていきましょう。
この記事の目次
1.競業避止義務とは?
競業避止義務とは、一定の事業について、競争(競業)行為を差し控える義務のことを言います。
法令上の義務としては、会社法が定める取締役の義務として、「取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」に、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならないと定められており(会社法356条1校1号)、当該行為によって株式会社に損害が生じたときは、取締役は任務を怠ったものとして、株式会社に対して生じた損害の賠償義務を負うことになります(会社法423条3項1号)。
もっとも、介護事業所においてよく問題となる場面は、役員による競業行為よりも、事業所を辞めた職員が、自ら同様の事業を行ったり、競合する事業を行う他の法人に就職したり、競合する事業を行う他の法人の利益となる行為を行う場合などを言います。
労働契約を締結している職員に関しては、在職中は、労働契約の付随義務として当然に競業避止義務を負っており、退職後についても、在職中に退職後の競業避止義務を課す合意をしている場合や、競業行為の態様が公序良俗に反するなど、社会通念上不相当と認められる場合などには、競業避止義務違反について損害賠償責任を追及することができる場合があります。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
競業避止義務違反行為に似たものとして、「不正競争」と呼ばれる不正競争防止法上の考え方があります。
不正競争防止法は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するために、不正競争の防止や不正競争にかかる損害賠償に関する措置等を定め、罰則なども定めています。
不正競争防止法上の「不正競争」は、不正競争防止法第2条(▶️参考:「不正競争防止法」の条文)により明確に定義されており、その範囲は厳格に限定されています。そのため、競業避止義務違反行為のうち、事業者間の公正な競争を阻害するレベルに達した一部の行為が、不正競争防止法によって厳しく制限されているというイメージです。
2.競業避止義務に違反する場合とは?
競業避止義務の考え方は、役員と職員ではやや異なります。
以下では、役員・取締役及び職員について、競業避止義務違反になる場合について解説します。なお、この段落では、「2−1.役員・取締役の場合」「2−2.職員の場合」に分けて、競業避止義務違反について取り上げます。
2−1.役員・取締役の場合
(1)在職時
役員・取締役の場合には、「1.競業避止義務とは?」で解説した通り、法令上の義務として、会社法上の競業避止義務を負っています。加えて、役員と法人との間の契約は、委任契約であり、その契約の内容として、当然に競業避止義務を負うことになると考えることが一般的です。
すなわち、当該法人との委任契約締結中には、同種の事業を行わない(個人事業主として行う場合と、他法人の役員・取締役となる場合をいずれも含む)としているケースが多いです。
そのため、所属する法人の同意を得ることなく、同種の事業を、個人事業主として営んだり、他法人の役員・取締役となって営んだりすれば、競業避止義務違反となり得ます。
なお、この競業避止義務の範囲としては、会社法上は「会社の事業の部類の属する取引」と規定されており、会社が取り扱っているサービスや商品を同じ地域で販売することの他、実際に会社が進出していない場合であっても、会社が進出を企図して市場調査を進めていた地域での同種の取引を禁止される競業に該当するとしたケースなどもあります。
そのため、役員・取締役に課せられている競業避止義務の範囲は、職員よりも広いと考えられます。
(2)退職後
退職後、すなわち、委任契約終了後については、原則として、役員・取締役の行動を縛ることはできません。そのため、委任契約終了後においても、特定の期間、特定の場所における競業避止義務を課すように、委任契約時に定めていることが通常です。
労働関係法によって保護されている労働者と異なり、委任契約によって法的関係を持つ役員・取締役と法人との間では、契約自由の原則が働くため、基本的には、委任契約時に定めた競業避止義務に反する行為をすれば、競業避止義務違反となります。
もっとも、競業避止義務の範囲については、憲法上の職業選択の自由(憲法22条1項)との関係から、その制約の程度や合理性などが判断され、義務の程度によっては公序良俗違反(民法90条)として無効となることもあります。
▶️参考1:憲法22条1項
第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
・参照:「日本国憲法」の条文はこちら
▶️参考2:民法90条
(公序良俗)
第90条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
・参照:「民法」の条文はこちら
2−2.職員の場合
(1)在職時
職員、すなわち雇用契約を締結した労働者の場合には、「1.競業避止義務とは?」で解説した通り、労働契約の付随的義務として競業避止義務を負っています。
これは、労働契約においては、使用者と労働者との間で継続的な人間関係が形成されることが想定されることから、双方当事者において、互いに相手の利益に配慮し、誠実に行動すること、すなわち信頼関係を築くことが求められているからです。
そのような信頼関係を築くため、労働契約において求められる「労務の提供」と「報酬の支払」という義務以外に、周辺的な義務が発生しており、その1つが、労働者が負うことになる競業避止義務です。
そのため、在職時においては、就業規則や労働契約書などで別途禁止規定を設けていなかったとしても、職員は当然に競業避止義務を負うものとされるのが、職員が、他の法人等で、事業所からのなんらの許可等なく同種の事業に従事したり、自ら同種の事業を営んでいる場合には、競業避止義務違反となります。
もっとも、多くの事業所では、就業規則の他、労働契約時に競業避止に関する誓約書を求めるなどして、在職中に競業行為を行ってはいけない旨規定しています。
ここでは、例えば副業として同種の事業に従事することができるか否か、できる場合にはどのような手続きを取る必要があるのかなどを規定していることが多いです。このような規定を設けている場合には、これらの規定に違反すれば、競業避止義務違反ということになります。
(2)退職後
退職後については、職員も役員と同様に、原則として再就職先や従事する事業などを制限されません。そのため、使用者側としては、退職時、またはそれ以前に、退職後の競業避止義務について定めた誓約書などを締結させ、これに基づいて違反行為の有無を判断することになります。
もっとも、退職後の競業避止義務について明示的な合意がない場合でも、競業行為の態様が公序良俗に反すると認められる程度に違法性の高いものであるば場合には、不法行為や債務不履行に該当するものとして、損害賠償請求が認められる場合があります。
裁判例:横浜地方裁判所平成20年3月27判決
例えば、介護事業所の例ではありませんが、理美容店の総店長であった従業員が、退職の際に顧客カードを持ち出し、退職後に、同店舗の近くの同業他店で同カードを利用した事案では、「雇用契約に付随する義務として競業避止義務を負う場合がある」として、「元従業員の地位、待遇、競業に係る当該行為が事業者に及ぼす影響、行為態様、計画性等を総合考慮して、それが社会通念上不相当と認められるときは、競業避止義務違反として不法行為を構成するというべきである」とした裁判例があります。(▶参考:横浜地方裁判所平成20年3月27判決)
3.介護現場における競業避止義務違反の具体例
介護現場においてもっとも多い競業避止義務違反の場面としては、ケアマネジャー(居宅介護支援専門員)の独立の場面があります。
ケアマネジャーは、居宅介護サービスの提供にあたって、居宅支援計画を作成する立場であり、利用者との関係性が非常に深い立場です。そのため、ケアマネジャーが所属していた居宅介護支援事業所を退職する際、当該ケアマネジャーが担当していた利用者が、当該ケアマネジャーとの関係継続を望み、新たに当該ケアマネジャーが設立する居宅介護支援事業所や、転職先の居宅介護支援事業所に移動することがあります。
この時、通常は、事業所と退職するケアマネジャーとの間で、利用者の引き継ぎを行ったり、当該利用者が、どうしても当該ケアマネジャーからの継続支援を望めば、話合いの上で利用者が事業所を移転することを許す、などの調整が行われ、これであれば事業所としては予測もできますし、対応は可能です。
しかしながら、中には、事業所との事前調整なく、利用者に対して退職をする旨伝えた上、事業所を移るよう申し向け、事業所からごっそりと利用者を引き抜いて退職してしまう場合があります。
この場合、利用者の移動は、当該ケアマネジャーの退職後に行われているように見えますが、退職の通知や事務所移転の勧奨は在職中に実施されており、在職中、退職後両方について競業避止義務違反の問題が発生します。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
ケアマネジャーが利用者を引き抜いて退職した場合、これに伴って利用者の居宅サービスが強引に変更されるケースも多々あります。この場合、不利益を受けるのは、利用者の引き抜きを受けた事業所だけではなく、利用者や利用者家族にも大きな影響が及ぶ可能性があります。このような事態を防ぐため、事業所としては競業避止義務に関する合意をしっかりと行う必要があるのです。
4.競業避止義務違反の判断基準
競業避止義務違反として責任追求ができるか否かの判断において、もっとも大きなポイントは「競業避止義務の合意が有効か否か」です。すなわち、有効な競業避止義務の合意があれば、これに違反する行為があり、当該違反行為を証明できるのであれば、競業避止義務違反の責任を追及することが可能です。
しかしながら、多くの競業避止義務の合意は、その範囲が不明確であったり、広すぎることを理由として無効とされるか、または、限定した解釈をされる傾向にあります。
競業避止義務の合意が有効か否かの判断基準は、大きくは次の6つです。
- 1.守るべき法人の利益(正当な目的)があるか否か
- 2.職員の地位
- 3.地域的範囲
- 4.競業避止義務の存続期間
- 5.禁止される競業行為の範囲について必要な制限がかけられているか
- 6.代償措置が講じられているか
このうち、「2.職員の地位」ないし「6.代償措置が講じられているか」は、「1.守るべき法人の利益(正当な目的)があるか否か」の目的を前提に、競業避止義務の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から、総合的に判断されます。
例えば、不正競争防止法上の「営業秘密」(不正競争防止法2条6号)に当たるような技術的な秘密や営業上のノウハウなど、守るべき法人の利益が非常に大きい場合には、代替措置の有無に関わらず、ある程度厳しい競業避止義務を課すことも許される場合もありますし、逆に、当該法人独自のノウハウや情報ではないものを保護する目的の場合には、いくら代替措置を講じていても、厳しく範囲が限定されることもあります。
5.競業避止義務違反に対して何ができる?
競業避止義務違反があった場合、事業所としてはどのような対応ができるでしょうか。
以下で順に解説します。
5−1.競業避止義務違反行為の差止め
競業避止義務違反の行為については、まずはこれを辞めさせたいと考えるのが通常です。そこで、まずは任意交渉として、競業避止義務違反であることを指摘のうえ、競業避止義務違反行為の差止を求めます。
これに相手方が応じない場合、競業行為の差止請求訴訟を提起することが考えられますが、訴訟手続きは通常、申し立ててから1回目の裁判までに1ヶ月以上がかかり、その後結論が出るまでには、1年近くの期間を要することも少なくありません。
そこで、競業避止義務違反行為については、差止訴訟を提起することと併せて、競業避止義務違反行為の差止の仮処分という保全処分を申し立てることが有効です。
保全処分は、保全の必要性がある場合で、当該行為を差し止めないと看過し難い損害が発生するような場合に、訴訟手続きよりも簡易な手続きで、短時間で競業避止義務違反行為を差止めることができる手続きです。通常は、申し立ててから1ヶ月程度で、決定が出ることが多いです。
もっとも、保全処分はあくまで仮の手続きであるため、保全決定の後は速やかに訴訟手続きを行い、競業避止義務違反を確定しなければなりません。
5−2.損害賠償請求
競業避止義務違反行為により、事業所に損害が発生した場合には、相手方に対して損害賠償を請求することが考えられます。
その根拠としては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)または労働契約の付随義務違反ないし競業避止義務合意違反に基づく債務不履行責任としての損害賠償請求(民法415条)が考えられます。
この時、損害をいくらと計算するかはケースバイケースですが、例えば、仮にケアプランセンターにおいてケアマネジャーが利用者を引き抜いたことが競業避止義務違反となるような場合であれば、引き抜いた利用者の利用料の数ヶ月分を損害とすることが考えられます。
また、競業避止義務の合意をする際には、違約金条項をおくことも多いです。違約金条項は、損害賠償額の予定であると推定され(民法420条3項)、別段の意思表示がない限り、債務不履行により生じた損害額が予定された金額であるとみなされます。もっとも、違約金を定める場合は、その金額が社会的に相当と認めらら得る範囲を超えて著しく高額である場合には、公序良俗に反し無効であるとされる場合があります。
▶参考1:民法415条
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
▶参考2:民法420条3項
(賠償額の予定)
第四百二十条 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
(省略)
3 違約金は、賠償額の予定と推定する。
▶参考3:民法709条
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
・参照:「民法」の条文はこちら
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
労働基準法16条は、「労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定しているところ、競業避止義務が労働契約の付随義務だとすれば、違約金の定めは労働基準法16条に違反するのではないか、と疑問に思われる方もいるかもしれません。
しかしながら、労働基準法16条の趣旨は。違約金等の請求をされることを恐れて労働者が自由に退職できなくなることを防止することにあることから、退職後の競業避止義務の不履行については、労働契約終了後の違反行為を問題とするため、いわゆる「労働契約の不履行」ではないですし、違約金の規定を理由として労働者が退職できなくなる、という、ものではありません。
そのため、違約金の定めを置く場合には、弁護士等の専門家に相談の上、定めを置くかどうか、また、置く場合にその範囲をどうするかについて、慎重に検討するようにしましょう。
5−3.懲戒処分
在職中の職員による競業避止義務違反行為であれば、就業規則、服務規律違反等を理由として、懲戒処分をすることが考えられます。
懲戒処分は、就業規則で予め定めておかなければ行うことができない処分であり、戒告、訓戒、減給処分、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇などの処分があります。
例えば、競業避止義務違反行為が発覚した場合には、始めは注意指導などにより、競業避止義務違反行為をやめるよう指導し、指導によって行動が改善しない場合や、指導を経るまでもなく、行為態様が悪質であるような場合には、懲戒処分を実施することになります。
5−4.解雇
解雇には、普通解雇と懲戒解雇があります。競業避止義務違反行為を前提とする解雇の場合には、「5−3.懲戒処分」の中の諭旨解雇や懲戒解雇が考えられますが、競業避止義務違反行為を債務不履行行為と考えれば、普通解雇も考えられます。
▶参考:懲戒解雇、普通解雇について、以下の記事で詳しく説明していますので併せてご覧ください。
5−5.退職金の減額、不支給
競業避止義務違反の行為があった場合に、在職中であれば退職時の退職金の減額や不支給の措置をする、退職後であればすでに支給した退職金の全部又は一部を返還させる、という制裁を加えることも、対応としては考えられます。
退職金は、毎月支払われる賃金とは異なり、労働基準法等の法律で支払いが義務付けられているものではありません。
もっとも、法人として退職金制度を設けた場合には、制度上の要件を満たした場合には退職金の支払い義務が生じることになります。
退職金については、その法的性質として、賃金の後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格があることから、この退職金の功労報償的性格を重視すれば、競業避止義務違反行為という、事業所に対する背信的な行為に対して、退職金の減額、不支給の措置をとることは何ら問題がないようにも思えます。
もっとも、退職金の賃金の後払い的性格、生活保障的性格を必ずしも無視することはできず、退職金の減額には一定の制約があります。
裁判例:名古屋高裁平成2年8月31日判決
例えば、退職金支給規程に、退職後6ヶ月以内に同業他社に就職した場合には退職金を支給しない旨の不支給条項をおいていた会社において、実際に退職金を不支給としたことが問題となったケースでは、退職金を不支給とできるのは、退職後6ヶ月以内に同業他社に就職しただけでは足りず、労働の対償を失わせるような顕著な背信性がある場合に限定されるとした上で、同ケースでは、顕著な違法性はないものと判断され、退職金の不支給は違法であると判断されています(名古屋高裁平成2年8月31日判決)。
同判決によると、この背信性の判断には、会社にとっての「本件不支給条項の必要性、退職従業員の退職に至る経緯、退職の目的、退職従業員が競業関係に立つ業務に従事したことによって第一審被告(会社)が被った損害などの諸般の事情を総合的に考慮」するとされており、退職金の法的性質である賃金の後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格のいずれもを失わせるほどの背信性を求めていることがわかります。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
競業避止義務違反に基づいて対応をしていくためには、当然のことながら、競業避止義務違反の事実を証明する必要があります。
実は、競業避止義務違反行為は証明が難しいことが多いのが特徴です。
例えば、これまでにも紹介したケアマネジャーの事案で、元々所属していた事業所の利用者が、独立したケアマネジャーの事業所に移動したとしても、「勧誘行為はしていない、退職の挨拶をしたら、利用者が自発的に移動してきただけである」と説明をされると、事業所としては、当該ケアマネジャーが、利用者らに対して働きかけをしたことなどを証明しなければならなくなります。
実際、ケアマネジャーと利用者とのモニタリングは、利用者宅などの人目のないところで行われますし、利用者らに対しても、認知機能の衰えなどから、後か確認をすることが困難なケースも多々あります。
そのため例えばこのケースであれば、ケアマネジャーが退職する際のフロー(利用者への通知の際は、事業所において引き継ぎ予定者が同行するなどといった方法を確立させる、利用者情報の廃棄等の手順など)を事業所内で定型化しておくなど、これと異なる行為がされた場合に、本人に確実な説明を求めような手立てをとっておくことが有効です。
6.競業避止義務違反を防止するには?
競業避止義務違反は、その方法や程度によっては事業所に多大な損害をもたらすものであり、後からの損害の回復が困難なケースもあります。そこで、違反行為をいかに防止するかが重要となります。
違反行為を防止する方策としては、「(1)競業避止義務の合意をすること」に加えて、「(2)違反となる行為を明確にしておくこと」が挙げられます。
以下で順に解説します。
6−1.競業避止義務の合意
競業避止義務の合意をする場面としては、大きくは3つの場面が考えられます。
- (1)入社時
- (2)昇進時や異動時
- (3)退職時
競業避止義務の合意をすることが、競業避止義務違反を防止する、と説明すると、トートロジーのように感じるかもしれませんが、この合意をしっかりと締結しておくことが、職員に対して競業行為を踏みとどまらせる意識づけにもなります。
以下で、順に解説します。
(1)入社時
競業避止義務の合意を最も締結しやすい場面は、職員との間で雇用契約を締結する際です。
多くの介護事業所でも、雇用契約書の締結の際に、「競業避止義務についての誓約書」を提出させているのではないでしょうか。通常、入社する段階から、退職後に競業をしようと考えている職員はあまりいませんし、雇用契約の際、当該誓約書への同意を雇用の条件とすれば、確実に合意を取ることができます。
そのため、入社のタイミングが、最も競業避止義務の合意をしやすいタイミングなのです。
もっとも、入社時においては、必ずしも当該職員の将来的な地位や具体的業務内容が明確でない場合もあり、そのような場合に、競業避止義務の内容・範囲を具体的に特定しづらいというデメリットはあります。
そのため、入社時に提出を求める誓約書の内容は、ある程度包括的な内容となる場合もあり、義務の内容が不明確となる結果、競業避止義務違反を問うことができない可能性もあります。
(2)昇進時や異動時
職員の地位や具体的業務内容がより明確になるタイミングとしては、例えば、当該職員がなんらかの役職に就任したり、部署が変更となり職務内容が変更となったタイミングがあり得ます。
新たな職責を担うこととなったタイミングであれば、当該具体的業務内容は明確になりますし、このような場面では、事業所と職員との関係は良好であることも多いため、競業避止義務の同意に協力を得やすいタイミングです。
もっとも、異動等が職員にとって好ましくないものである場合、例えば、所属部署でのトラブルなどをきっかけとして異動となった場合などには、職員から、競業避止義務の合意について協力を得られない可能性もあります。また、昇進など、職員にとって好ましい職務内容の変更の場合であっても、万が一職員に拒否されれば、競業避止義務の合意を取り付けることはできません。
そこで、就業規則において、事前に以下のような項目を設けておくことで、競業避止義務の合意を取り付けやすくなります。
▶参考:就業規則の規定例
「職員は、昇進、部署の異動、新規プロジェクトへの参加などにより、業務内容の変更、追加等があった場合には、法人が指定する別紙書式による競業避止に関する誓約書を提出しなければならない。当該誓約書が提出されない場合、法人は当該職員の昇進、部署の異動、新規プロジェクトへの参加等を留保または取り消すことができる。」
(3)退職時
職員の地位や具体的業務内容が最も明確であり、競業避止義務の内容を明確に特定できるタイミングは、もちろん退職時です。
しかしながら、職員の退職時には、必ずしも当該職員と事業所との関係が良好であるとは限りません。特に競業避止義務に関する合意を締結したいと考えている職員については、事業所との間で関係性が崩壊している、または、信頼関係が破壊されているような場合も多く、このようなタイミングで、競業避止義務に関する合意を締結できる可能性は低いと考えるべきです。
そこで、通常の退職の場合には、当該職員の退職時の地位や具体的内容を前提とした、具体的な競業避止義務の誓約書を締結することが望ましいですが、就業規則において、退職時に競業避止義務に関する合意を締結しなければならないことを規定しておくことで、敵対的な退職者に対しても、誓約書の提出を義務付けることが可能です。
具体的には、以下のような項目です。
▶参考:就業規則の規定例
「職員は、退職する際には、法人が指定する別紙書式による競業避止に関する誓約書を提出しなければならない。」
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
入職時に提出させる競業避止の誓約書については、その内容が包括的すぎる場合には、必ずしも違法の効果が発生しない場合があります。
しかしながら、事前に誓約書を取り交わしておくことにより、先に説明した通り、職員に対して「競業行為は行ってはいけない」という意識を持たせることできますし、職員による競業行為を認識した場合には、誓約書の条項を理由として、競業行為をやめるように申し入れることも可能です。
当該競業避止義務の合意が有効か否かは、最終的には裁判所の判断を待つことにはなりますが、事業所としては、ただ機械的に誓約書を提出させるのではなく、実際の義務違反の場面を想定して、入職時であっても、できる限り具体的な合意内容を検討するようにしましょう。
6−2.違反となる行為の明確化
「6−1.競業避止義務の合意」の「(1)入社時」で解説した通り、入職時に提出させる競業避止義務に関する誓約書の内容は、どうしても内容が包括的になりがちですが、できる限り具体的な状況を想定して、明確な義務を定めておくよう心がけましょう。
これは、競業避止義務を有効なものとするだけでなく、職員に対して「どの行為がやってはいけない行為なのか」を明確にするという効果があります。
競業避止義務違反をする職員の中には、初めから事業所のノウハウや情報を利用して同種の事業を営もうと考えている者もいますが、中には、自分の行為が競業避止義務違反に当たることを認識していない場合もあります。
そこで、具体的に、行ってはいけないことや、そこで使われる文言の定義を明確にしておくことで、「ついうっかり」行ってしまう競業避止義務違反を防止することができます。
例えば、
- 行ってはいけない行為を明確にする
- 持ち出してはいけない、または、退職後に利用してはいけない資料やデータの内容及び範囲を明確にする
- 競業行為を行ってはいけない地域を明確にする
- 競業行為を行ってはいけない期間を明確にする
などが挙げられますが、特に、「・持ち出してはいけない、または、退職後に利用してはいけない資料やデータの内容及び範囲を明確にする」については、明確にしていないケースが散見されます。
そのため、実際に退職時に、これらのデータや資料をどのように返却、廃棄させるかなどの手順を明確化したり、そのデータや資料の内容をできる限り特定しておくことが重要です。
ただ、退職時において、当該職員がどのようなデータや資料を保有しているかが明確でない場合もあるかと思います。
そのような場合を想定し、例えば入職時の誓約書においては、「〜のデータの他、退職時に事業所が指示をした資料及びデータ」のように、最終的には退職時においても資料やデータの範囲を特定できるよう定めておくことをお勧めします。
なお、そもろも利用者の情報の持ち出しは、個人情報保護法との関係でも問題のある行為ですので、事業所としても、各職員の職責等に合わせて、保有したり参照できるデータをしっかり区分けし、管理しておくことも重要となります。
7,弁護士法人かなめの弁護士に相談したい方はこちら
弁護士法人かなめでは、介護業界に精通した弁護士が、以下のようなサポートを行っています。
- (1)競業避止義務違反の相手方への責任追及
- (2)顧問弁護士サービス「かなめねっと」
7−1.競業避止義務違反の相手方への責任追及
競業避止義務の違反の判断には、業種毎の専門的な判断が必要であり、かつ、責任追及の方法も複数あります。これに加え、競業避止義務違反に対して、そもそも競業避止義務違反が発生しない、または、発生した場合には確実に責任追及を可能とするための事前の方策も重要です。
弁護士法人かなめでは、介護事業に精通した弁護士が、競業避止義務に関する事前の誓約書等の作成により、競業避止義務違反そのものを防止すると共に、競業避止義務違反の際の責任追及のための導線を構築し、実際に競業避止義務に違反すると思われる行為があった場合には、その判断の上、具体的な責任追及を行います。
(1)ご相談方法
まずは、「弁護士との法律相談(有料)※顧問契約締結時は無料」をお問合わせフォームからお問い合わせください。
※法律相談の申込みは、お問合わせフォームからのみ受け付けております。
※法律相談は、「① 弁護士法人かなめにご来所頂いてのご相談」、又は、「② ZOOM面談によるご相談」に限らせて頂き、お電話でのご相談はお請けしておりませんので、予めご了承ください。
※顧問契約を締結していない方からの法律相談の回数は3回までとさせて頂いております。
※介護事業所の経営者側からのご相談に限らせて頂き、他業種の企業様、職員等一般の方からのご相談はお請けしておりませんので、予めご了承ください。
(2)弁護士との法律相談に必要な「弁護士費用」
- 1回目:1万円(消費税別)/1時間
- 2回目以降:2万円(消費税別)/1時間
※相談時間が1時間に満たない場合でも、1時間分の相談料を頂きます。
7−2.顧問弁護士サービス「かなめねっと」
弁護士法人かなめでは、競業避止義務違反に関する相談を含めたサービスの提供を総合的に行う顧問弁護士サービス「かなめねっと」を運営しています。
具体的には、弁護士法人かなめでは、トラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入しています。事業所内で何か問題が発生した場合には、速やかに弁護士へ相談できる関係性を構築しています。
具体的には、弁護士と介護事業所の関係者様でチャットグループを作り、日々の悩み事を、法的問題かどうかを選択せずにまずはご相談頂き、これにより迅速な対応が可能となっています。いつでもご相談いただける体制を構築しています。法律家の視点から利用者様とのトラブルをはじめ、事業所で発生する様々なトラブルなどに対応しています。
直接弁護士に相談できることで、事業所内社内での業務効率が上がり、情報共有にも役立っています。
顧問弁護士サービス「かなめねっと」について詳しくは、以下のサービスページをご覧ください。
また以下の動画でも詳しく説明をしていますので、併せてご覧下さい。
▶︎【介護・保育事業の方、必見】チャットで弁護士と繋がろう!!介護保育事業の現場責任者がすぐに弁護士に相談できる「かなめねっと」の紹介動画
8.まとめ
この記事では、競業避止義務違反について、その違反行為の定義や具体的な内容を解説した上で、競業避止義務違反への対応方法について解説しました。
競業避止義務違反か否かの判断は、競業避止義務そのものの有効性に大きく関係することから、事業所として守りたい利益と、これを守るために課すべき義務の範囲については、弁護士などの専門家の意見を聞きながら慎重に検討するようにしてください。
また、競業避止義務違反を防止するための方策についても解説していますので、入職時、職務内容の変更時、退職時など、どのような場面において、どのような競業避止義務に関する誓約書を取るべきかについて、テンプレートに頼ることなく、具体的に考えてみるようにしましょう。
より効果的な誓約書の策定をするにあたっては、弁護士などの専門家に相談するようにしてください。
「弁護士法人かなめ」のお問い合わせ方法
介護事故、行政対応、労務問題 etc....介護現場で起こる様々なトラブルや悩みについて、専門の弁護士チームへの法律相談は、下記から気軽にお問い合わせください。
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介護事業所に特化した法務サービス「かなめねっと」のご案内
弁護士法人かなめではトラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入しています。他にはない対応力で依頼者様にご好評いただいています。
「かなめねっと」では、弁護士と介護事業所の関係者様、具体的には、経営者の方だけでなく、現場の責任者の方を含めたチャットグループを作り、日々現場で発生する悩み事をいつでもご相談いただける体制を構築しています。
法律家の視点から利用者様とのトラブルをはじめ、事業所で発生する様々なトラブルなどに対応します。 現場から直接、弁護士に相談できることで、社内調整や伝言ゲームが不要になり、業務効率がアップします!
介護業界に特化した経営や現場で使える法律セミナー開催情報
弁護士法人かなめが運営する「かなめねっと」では、日々サポートをさせて頂いている介護事業者様から多様かつ豊富な相談が寄せられています。弁護士法人かなめでは、ここで培った経験とノウハウをもとに、「介護業界に特化した経営や現場で使える法律セミナー」を開催しています。セミナーの講師は、「かなめ介護研究所」の記事の著者で「介護業界に特化した弁護士」の畑山が担当。
介護施設の経営や現場の実戦で活用できるテーマ(「労働問題・労務管理」「クレーム対応」「債権回収」「利用者との契約関連」「介護事故対応」「感染症対応」「行政対応関連」など)を中心としたセミナーです。
弁護士法人かなめでは、「介護業界に特化した弁護士」の集団として、介護業界に関するトラブルの解決を介護事業者様の立場から全力で取り組んで参りました。法律セミナーでは、実際に介護業界に特化した弁護士にしか話せない、経営や現場で役立つ「生の情報」をお届けしますので、是非、最新のセミナー開催情報をチェックしていただき、お気軽にご参加ください。
介護特化型弁護士による研修講師サービスのご案内
弁護士法人かなめが運営している社会福祉法人・協会団体・自治体向けの介護特化型弁護士による研修講師サービス「かなめ研修講師サービス」です。顧問弁護士として、全国の介護事業所の顧問サポートによる豊富な実績と経験から実践的な現場主義の研修を実現します。
社会福祉法人の研修担当者様へは、「職員の指導、教育によるスキルアップ」「職員の悩みや職場の問題点の洗い出し」「コンプライアンスを強化したい」「組織内での意識の共有」などの目的として、協会団体・自治体の研修担当者様へは、「介護業界のコンプライアンス教育の実施」「介護業界のトレンド、最新事例など知識の共有をしたい」「各団体の所属法人に対して高品質な研修サービスを提供したい」などの目的として最適なサービスです。
主な研修テーマは、「カスタマーハラスメント研修」「各種ハラスメント研修」「高齢者虐待に関する研修」「BCP(事業継続計画)研修」「介護事故に関する研修」「運営指導(実地指導)に関する研修」「各種ヒヤリハット研修」「メンタルヘルスに関する研修」をはじめ、「課題に応じたオリジナル研修」まで、介護事業所が直面する様々な企業法務の問題についてのテーマに対応しております。会場またはオンラインでの研修にご対応しており、全国の社会福祉法人様をはじめ、協会団体・自治体様からご依頼いただいております。
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