みなさんの事業所で、事故にまでは至らないものの、「ヒヤッとした」「危なかった」という事例は発生していませんか。
実際に、「ヒヤリハット報告書」を作成するなどし、このような事案を集積している事業所も多いのではないかと思います。
しかしながら、なぜヒヤリハット事案を集積するのかについて、その意義を深く考えていない事業所も多いのではないでしょうか。
ヒヤリハット事案は事故の卵であり、これを放置することで、重大な結果が発生する介護事故に繋がる可能性があります。そして、そう言ったヒヤリハット事案を事業所が認識していたと言うことになれば、これを放置することによって、事業所が、事故についての責任を問われる可能性も高くなりますし、それ以外にも、職場環境の悪化等様々な問題が発生し得ます。
すなわち、ヒヤリハット事案への対応は、事業所をあげて行うべきなのです。
この記事では、「ヒヤリハット」事案の定義や「ヒヤリハット事案」を収集することの意義について解説をした上で、具体的な「ヒヤリハット」事案を知り、これをどのように活かすことで介護事故を防ぐことができるのかについて解説します。
また、「ヒヤリハット」事案を放置することにより、どのような事故に繋がるのか、これにより事業所がどのような責任を負うかの他、ヒヤリハット事案をどうやって収集するかについて、ヒヤリハット報告書の書き方を中心に解説をしますので、「ヒヤリハット」事案の収集に苦労している介護事業所は、参考にしてみて下さい。
この記事の目次
1.ヒヤリハットとは?
まずは、「ヒヤリハット」とは何かについて解説します。
1−1.ヒヤリハットの定義(意味)
ヒヤリハットとは、一歩間違えると事故に繋がりかねない事象のことであり、厚生労働省兵庫労働局によると、「危ないことが起こったが、幸い災害には至らなかった事象のこと」と定義されています。
この、厚生労働省兵庫労働局による定義は、「ヒヤリハット」には、事故に至らなかったケースの他、傷害等の重大な結果が発生しなかった事象を含む概念として捉えられていますが、この記事では、あくまで事故については結果の発生の有無に限らず「介護事故」として扱い、事故に至らなかった事案、すなわち、不安全行動や不安全状態の部分を「ヒヤリハット」と定義します。
1−2.ヒヤリハットの語源
「ヒヤリハット」の語源は、その名称の通り、「ヒヤリ」としたり「ハット」した事案であることから、その名が付いています。
行為者の主観として、「これは危なかった」と思った事案が、まさにヒヤリハット事案ということになります。
1−3.ヒヤリハットに類似する考え方
例えば、医療や看護の分野で、実際には影響はなかったものの、患者に影響を与えかねない事象のこと、重大な事件、事故に発展する可能性を持つ出来事や事件のことを「インシデント」と呼び、いわゆる医療事故のことを「アクシデント」と呼びます。
インシデントは、ヒヤリハットとほぼ同じ意味で使われていますが、「2.ヒヤリハットと事故は何が違うの?」で解説するヒヤリハットと事故との関係とは異なり、「アクシデント」との関係としては、事故の結果、緊急処置が必要となるなど、重大な結果が発生したかどうかを境目としています。
1−4.ハインリッヒの法則との関係
ハインリッヒの法則とは、「同じ人間が起こした330件の災害のうち、1件は重い災害(死亡や手足の切断等の大事故のみではない。)があったとすると、29回の軽傷(応急手当だけですむかすり傷)、傷害のない事故(傷害や物損の可能性があるもの)を300回起こしている。」という法則であり、さらには、300回の無傷害の事故の背後には、数千の不安全行動や不安全状態があることを示唆する考え方です。
ヒヤリハット事案は、このハインリッヒの法則の中にある「数千の不安全行動や不安全状態」を差すものです。
なお、「1−1.ヒヤリハットの定義(意味)」で解説したとおり、「ヒヤリハット」の定義として、傷害のない事故を含む概念として捉える考え方もありますが、この記事では、あくまで事故については結果の発生の有無に限らず「介護事故」として扱い、事故に至らなかった事案、すなわち、不安全行動や不安全状態の部分を「ヒヤリハット」と定義します。
ハインリッヒの法則については、以下の記事でも詳しく解説していますので、併せてご覧下さい。
2.ヒヤリハットと事故は何が違うの?
発生した出来事が「事故」なのか「ヒヤリハット事案」なのかについて、はっきりとした判断基準を持たず、結果の軽重や雰囲気で、「事故」と判断したり「ヒヤリハット事案」と判断したりしている介護事業所も多いのではないかと思います。
「事故」なのか「ヒヤリハット事案」なのかの最大の判断基準は、それが「起こってしまった」か「未然に防ぐことができた」かにあります。
具体的には、もし利用者が転倒してしまったのであれば、怪我等の有無や軽重に拘わらず、それは転倒という事故が「起こってしまった」ため、「事故」となります。
一方、利用者が、転倒しそうになったため、慌てて体を支えたことから、そのまま座り込むだけですんだ場合は、転倒を「未然に防ぐことができた」ため「ヒヤリハット事案」となります。
また、例えば投薬の場面で、誤って別の利用者の薬を「服用」させてしまった場合には、それが元々その利用者が飲んでいた薬と同じだったり、体に影響がない薬だったとしても「事故」となります。
「ヒヤリハット事案」を「事故」として報告する場合は、大きな問題はありませんが、逆に「事故」であるにも拘わらず「ヒヤリハット事案」として記録し、必要な事故報告をしなかった場合には、行政に対して報告すべき事故を報告していないことになってしまいます。
必ずしも全ての介護事故を報告する義務はないため、この様なケースはあまり発生しないかもしれませんが、指導の対象となることもありますので、今一度、みなさんの事業所に保管されているヒヤリハット報告書、事故報告書を見直してみてください。
なお、どのような事故が報告対象となるかについては、各地方自治体のホームページなどに掲載されています。
一度皆さんが指定を受けている地方自治体のホームページを確認したり、問い合わせをしてみてください。
3.ヒヤリハットを集める意義・目的
事故事案と同様に、ヒヤリハット事案を記録している介護事業所が多いのではないかと思います。
では、なぜ多くの事業所では、ヒヤリハット事案を記録するのでしょうか。
ここでは、ヒヤリハット事案を記録する意義について解説します。
3−1.ヒヤリハットの収集は法令上の義務ではない!
ヒヤリハット報告書は、運営指導の際には確認されることが通常です。
もっとも、事故報告については、指定基準により記録等が義務付けられているものの、ヒヤリハット事案については、法令上、特段の記録義務はありません。
3−2.ヒヤリハットを集める意義・目的は?
ヒヤリハット事案は、いわば事故の卵です。
すなわち、ヒヤリハット事案と事故事案は、原因を同一としていることが多く、ヒヤリハット事案について分析、検討することで、まだ発生していない事故の防止に繋がることになります。
また、ある介護事業所で発生したヒヤリハット事案は、その介護事業所特有のものであり、まさにオリジナルの事故防止策を練るための絶好の教材となります。
ヒヤリハット事案を集め、記録し、分析検討することで、これから派生し得る事故を予見し、対策を練ることができるのです。
なお、ヒヤリハット事案の検討以外の事故防止のための対策については、以下の記事で詳しく解説していますので、併せてご覧下さい。
4.ヒヤリハットに当たるかどうかの基準は?
ヒヤリハット事案に当たるかどうかの基準は、まさに職員が主観として「ひやっとした」「はっとした」かどうかです。
「これってヒヤリハット事案にあたるのかな?」と迷った場合には、ヒヤリハット事案として記録をするようにしましょう。
その事案について、後日、特段問題のない事象であると判断すれば、それ以上の検討を要しないだけで済みますが、「そういえばあんな事案があったな」と後日確認しようとしたとき、記録を取っていなければ確認することもできません。
このような基準でヒヤリハット事案を記録すれば、膨大な量になることから、もちろん記録の取り方については工夫が必要ですが、利用者の生命、身体を預かる介護事業所として、職員の1人1人が意識を持って取り組む必要があるのです。
5.「ヒヤリハット事例」介護現場における具体的な種類・内容について
それでは、介護事故の現場で発生する具体的なヒヤリハット事案を紹介します。
5−1.「歩行・転倒」の例
- 歩行介助中に利用者が躓いたが、そのまま体を支えたので転倒は免れた。
- 歩行介助が必要な利用者が、離席して1人で施設内を歩いていたので、慌てて声をかけ、介助した。
5−2.「入浴」の例
- 入浴中に体を支えていた手が滑り、利用者の口元がお湯に浸かったが、水を飲んだり体を打つことはなかった。
- 他の利用者の体を洗っている間に、気づいたら他の利用者が浴槽に入っていた(自ら入浴はできる利用者であったが、浴槽に入る際には見守りや介助が必要だった)。
- 髭を剃っているときに、利用者が剃刀を手にしかけたのを慌てて止めた。
5−3.「トイレ」の例
- トイレ介助が必要な利用者に、トイレに行くときはナースコールを押すように伝えていたが、ナースコールを押さずにトイレに行ってしまった(転倒等は発生しなかった)
5−4.「食事」の例
- おかゆを提供していた利用者に対して、誤って通常の硬さの白米を提供したが、食べる前に職員が気が付いたため、食べることはなかった。
- 利用者が、口にたくさん詰め込んで食べている様子を目撃し、職員が声掛けをした。
- 洗剤を入れていたペットボトルを、利用者が誤って飲もうとしたため慌てて止めた。
5−5.「服薬」の例
- 利用者に対して、他の利用者の薬を持っていったが、飲ませる前に袋を改めて見て気が付き、服薬には至らなかった。
- 利用者が、隣に座っていた他の利用者の薬を飲もうとしていたのを、職員が気が付き止めた。
- 利用者が、夜に飲む薬を朝に飲もうとしていることに職員が気が付き、声掛けをして止めた。
5−6.「移乗」の例
- ベッドから車椅子に移譲させる際、利用者が暴れたことからベッドから落としそうになったが、何とか堪えた。
- 利用者が椅子から車椅子に移動する際、椅子から立ち上がったもののそのまま座り込んでしまった。
5−7.「着替え」の例
- 着替えの介助をしているときに、内出血を発見し体を確認したが、外傷は見当たらなかった。
- 靴下履いている時に体勢を崩したが、職員が近くにいたので支えた。
5−8.「屋外移動」の例
- 道端にある木の実や草を拾い、口に入れようとしたのを止めた。
- 道路に出て行こうとした利用者を、職員が慌てて止めた。
6.ヒヤリハットが発生する原因
ヒヤリハット事案が発生する原因と事故の原因はほぼ共通しています。
つまり、ハインリッヒの法則で謳われているように、1つの事故の背景には、それ以外の数千の不安全行動、不安全状態の存在があり、それが幸いにもヒヤリハット事案に留まるか、それとも事故となってしまうかはまさに偶然の産物です。
そのため、不安全行動、不安全状態が繰り返されれば繰り返されるほど、事故発生の確率は高まります。
ヒヤリハット事案が発生する原因を分析することは、今後発生し得る事故の原因を分析することと同じなのです。
7.ヒヤリハットが発生したら?対応と対策について
では、以下ではヒヤリハット事案が発生した場合の、具体的な対応と対策について解説します。
7−1.ヒヤリハット報告書の作成
事案の集積のためには、まずはヒヤリハット事案を記録することが重要です。
多くの事業所では、ヒヤリハット事案が発生した場合、ヒヤリハット報告書を作成しているのではないかと思います。
ヒヤリハット報告書の作成方法は、この後でも解説しますが概ね介護事故報告書の作成方法と同じです。
もっとも、事故とヒヤリハット事案が大きく異なるのは、件数の違いです。
ヒヤリハット事案は、日々に何件も発生するため、必ずしも事故報告書のように綿密に作成してしまうと日々の業務を圧迫しますし、ヒヤリハット報告書の作成が億劫となり、ヒヤリハット事案が集まりにくくなります。そうなれば、本末転倒です。
そのためヒヤリハット報告書の作成には工夫が必要となります。
詳しくは、「8.ヒヤリハット事案の収集方法」で解説します。
7−2.ヒヤリハット事案の検討
ヒヤリハット事案が発生した場合には、事故の場合と同様に、その原因を追及することが重要です。
「6.ヒヤリハットが発生する原因」で解説した通り、ヒヤリハット事案と事故の原因は共通の不安全行動、不安全状態によることが多いです。
そのため、発生したヒヤリハット事案について、結果の発生がなかったからといって放置せず、原因分析をすることは非常に重要です。
7−3.ヒヤリハット事案に基づく事故防止策の策定
ヒヤリハット事案は、事故の卵であるため、ヒヤリハット事案に対応することは事故防止のための方策を練ることと同義です。
原因となった事情を取り除くことが可能かどうか、仮に難しい場合、原因を取り除けないことを前提としてどのような対応をするべきか、検討する必要があります。
また、このようなヒヤリハット事案に基づいた事故防止策の策定は、ヒヤリハット事案を体験した職員のみならず、他の職員も交えて複数人で検討することが重要です。
例えば、事業所内で行っているミーティングの際や、短時間であっても定例会などを開くようにし、その中で必ず、その時までに発生したヒヤリハット事案を検討するようにすると、事業所全体としての理解が深まります。
7−4.事故防止策の実施
ヒヤリハット事案を通じて策定した事故防止策は、実施をしなければ絵に描いた餅になってしまいます。
策定した事故防止策を実施し、実施の結果ヒヤリハット事案が減ったかどうか、それとも奏功していないかなどを事後的にしっかり検証していくことが重要です。
7−5.ご家族への報告は?
ヒヤリハット事案自体は、事故に至らない事案であることから、必ずしもご家族への報告は必要ありません。
しかしながら、例えばヒヤリハット事案の内容が、利用者の状態に関わることである場合には、ご家族へ相談の上、対応をすべき場合もあります。
具体的には、例えば食事の際に、白米を口に詰め込んで食べる癖のある利用者がいた場合、誤嚥や窒息を防ぐために、白米をお粥に変更すべきかを相談する、杖での歩行が覚束なくなっている利用者にシルバーカーを勧めるなど、今後の介護サービスの提供方法や、福祉用具の利用の提案などをすることは、あってしかるべきです。
8.ヒヤリハット事案の収集方法
ヒヤリハット事案は、事故とは異なり、日々何件も発生し得ます。そのため、多くのヒヤリハット事案を収集するためには、工夫が必要となります。
以下では、ヒヤリハット事案の収集方法について解説します。
8−1.報告書の作成
ヒヤリハット事案の収集方法として、もっともオーソドックスなのは、事故報告書と同様に、ヒヤリハット報告書を作成することです。
ヒヤリハットが事故の卵である以上、その原因分析等は事故発生時と同様に実施するのが本来は望ましいです。
しかしながら、日々の多忙な業務の中、日々に何件も発生するヒヤリハット事案を詳細に報告書に仕上げるのは骨が折れます。
そこで、以下のような方法を利用することも、ヒヤリハット事案の収集には有効です。
8−2.日報への記載
介護事業所では、各利用者へのサービス提供の内容や、その日の出来事について介護記録(日報)をつけています。
この日報を利用し、当該利用者に発生したヒヤリハット事案を記載した上、その日の日報をコピーしたり、PDFにするなどして保管していくことで、報告書を改めて作成する手間を省くと言う方法が考えられます。
記載する項目については、「9.ヒヤリハット報告書の書き方」でも解説する報告書への記載事項を参考に記載しますが、詳細に時間をかけて作成することよりも、まずは事案を1つでも多く集めることが重要ですので、ある程度簡易な形で記載をすることも検討してみてください。
なお、日報をコピーしたりPDFにしてデータ保管する理由は、各利用者の日報だけにヒヤリハット事案を記載してしまうと、一覧性がなく、他の職員による確認が困難になりますし、「誰のいつのヒヤリハット事案だったか」がすぐに思い出せず、事案の抽出が困難になるからです。
8−3.アプリの利用
近年、利用者の管理に様々なアプリやソフトを利用されている事業所も多いのではないかと思います。
その中には、ヒヤリハット事案を簡易に記録できる記録アプリが存在するものもあり、これを利用することで、手書きで様々な事情を記載する必要がなくなります。
例えば、弁護士法人かなめでは、「気付き共有システムうさみさん」という、ヒヤリハットを音声入力するツールを提供しています。
このアプリでは、ヒヤリハット事案が発生した場所、時間帯、利用者などの集計もでき、一体いつ、どこで、どんなヒヤリハット事案が発生しているのかについて、統計的に見ることも可能です。
実際に、ヒヤリハット報告書を作成していた際には月に5枚程度しか報告書が出されていなかったにもかかわらず、うさみさん導入後には月300件を越えるヒヤリハット事案が記録されるに至った事業所もあります。
詳しくは、以下のヒヤリハットを音声入力するツール「うさみさん」のホームページをご覧下さい。
【弁護士 畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
●職員が報告をしてくれない場合の対応について
職員の中には、「面倒だ」「自分が問題行動を起こしているように思われるのが嫌だ」などといった理由から、ヒヤリハット事案の報告に難色を示す職員もいるのでは無いかと思います。
このような職員に対する対策としては、意識を改革し、インセンティブを与えることが考えられます。
具体的には、まずはヒヤリハット事案の収集にどのような意義があるのか、ヒヤリハット事案の分析や対策に真剣に取り組まないことで事業所にどのようなデメリットがあるのかを、研修等でしっかり解説をした上、ヒヤリハット事案を収集することが事業所にとって望ましいことを理解してもらうことが重要です。
これに加え、例えば一月で一番ヒヤリハット事案を報告したスタッフを発表して、事業所の運営に貢献したとして賞賛をする時間を設けたり、インセンティブとして、小さくても構わないので何らかの報償(500円分のクオカードを送るなど)を与えることもあり得ます。
まずは職員の意識改革が重要です。
9.ヒヤリハット報告書の書き方
「8.ヒヤリハット事案の収集方法」で解説したとおり、ヒヤリハット事案に関しては、数を集めることが重要であることから、必ずしもヒヤリハット報告書を作成する必要はありません。
もっとも、事案の収集のためには、本来ヒヤリハット報告書に記載すべきことを認識しておくことが重要です。
ヒヤリハット報告書の記載方法は、事故報告書の作成とほぼ同じですが、以下では、ヒヤリハット報告書を作成するにあたり、可能な限り記録したい情報について解説します。
介護事故報告書の作成方法については、以下の記事でも詳しく説明していますので、併せてご覧下さい。
9−1.対象者
対象者については、以下を記載します。
- 氏名
- 年齢
- 性別
- サービス提供開始日
- 住所
- 身体の状況(要介護度、認知症高齢者日常生活自立度等)
もっとも、事業所において、利用者番号等で管理をしている場合には、氏名や利用者番号のみの記載でも問題ありません。
9−2.発生日時
発生日時は、可能な限り分単位まで明確に記載します。
また、例えば、着替えの際に下着等に血が付着していたなど、いつヒヤリハット事案が発生したのか分からない場合には、そのことが分かるように記載しておきましょう。
9−3.発生場所
発生場所については、書式の中に以下などのチェックボックスを設けておき、これにチェックをする方式をとることが簡便です。
- 居室(個室)
- 居室(多床室)
- トイレ
- 廊下
- 食堂等共用部
- 浴室・脱衣所
- 機能訓練室
- 施設敷地内の建物外
- 敷地外
- その他
実際の発生場所を写真で撮影し、添付する方法も有効です。
9−4.発生内容
発生内容についても、事故報告書にならい、以下などを記載します。
- (1)発生を覚知した状況(発見者がヒヤリハット事案に気付いた端緒)
- (2)ヒヤリハット事案の態様(目の前でヒヤリハット事案が発生した場合は、利用者が何をしていてどのようなヒヤリハット事案が発生したかを記載。起こったヒヤリハット事案を事後的に覚知した場合はその旨を記載)
- (3)ヒヤリハット事案の発生時(または覚知時)の利用者の状態(顔色、声を掛けたときの様子)
- (4)現場の状況(壁、床などの状態、障害物等の有無、その場にいた他の利用者やスタッフの数など)
- (5)その他
もっとも、ヒヤリハット事案の場合には、ある程度簡易な記載でも構いません。
9−5.原因分析
ヒヤリハット事案の場合でも、事故発生時と同様に以下の順に、本人要因、職員要因、環境要因に分けて検討していくことが重要です。
- ヒヤリハット事案の発生に直結した原因
- ヒヤリハット事案の発生に直結した原因の原因
もっとも、原因分析については、その場で思いつかなければ、ヒヤリハット事案の検討会などでアップデートすることが可能です。
9−6.再発防止策
ヒヤリハット事案の発生の原因を分析した後は、その原因を取り除くことができるか、それとも取り除くことが出来ないか、という視点で対策を検討します。
再発防止策についても、原因分析と同様に、その場で思いつかなければ、ヒヤリハット事案の検討会などでアップデートすることが可能です。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
ヒヤリハット報告書については、あえてオリジナルの書式を作らなくても、事故報告書の書式を流用することで、必要な項目はカバーできます。
その上で、すべてを完璧に記載しようと考えず、可能な限り、しかしながら発生したヒヤリハット事案については確実に記録することが重要です。
繰り返しお伝えするように、ヒヤリハット事案は数を集めることが重要です。
事業所内で試行錯誤しながら、職員が最もストレスなく記録が出来る方法を検討してみましょう。
10.ヒヤリハット事案の分析
それでは、具体的なヒヤリハット事案の分析方法について解説します。
10−1.事案は多ければ多いほどいい!
介護事業所では、もう少しで事故に至りそうだった、というようなかなり危険なヒヤリハット事案もあれば、少し気になる程度のヒヤリハット事案など、大小様々なヒヤリハット事案が発生しています。
もちろん、1つ1つのヒヤリハット事案からも学ぶことは多いですが、小さなヒヤリハット事案の場合、それだけを単体で見ても、それが突発的なものなのか、恒常的な問題を孕んでいるのかがはっきりしないこともあります。
その場合、分析に必要となるのは事案の数です。
一見すると、偶然発生したと思われたヒヤリハット事案が、実は同じ条件の下で繰り返し発生しているような場合、それは偶然ではなく「必然」的に発生していると考え、原因を究明する必要があります。
したがって、できる限り多くのヒヤリハット事案を集めることが、ヒヤリハット事案の分析のスタートとなるのです。
10−2.事案のここに注目!
ここでは、ヒヤリハット事案を分析するにあたって、着目すべきポイントについて解説します。
(1)時間帯
ヒヤリハット事案が、特定の時間帯に多く発生している場合、その原因としては以下などが考えられます。
- その時間帯に職員の配置が少なく、利用者へ目が行き届きにくくなっている
- その時間帯に、利用者の体調や情緒が不穏になりがちになっている。
その場合、対応としては、可能であれば、職員の配置を増やす、増やすことができない場合は、職員の配置の場所を変更したり、備品の移動等で目が行き届きやすい環境を作ることなどが考えられます。
また、利用者の体調や情緒が不穏になりやすい時間帯には、その間に実施するサービス内容を工夫するなどの方法が考えられるかもしれません。
(2)場所
ヒヤリハット事案が、特定の場所で多く発生している場合、その原因としては
- その場所に段差や障害物がある
- 床が滑りやすい
- 手すりがない
などの、具体的な場所の問題の他、
- その場所で行われているサービス内容に何らかの問題がある
場合などが考えられます。
場所固有の問題が発覚すれば、障害物や段差の除去、床の張り替え、手すりの設置など、具体的な措置が可能です。
また、その場所で行われているサービス内容に何らかの問題がある場合、例えば、ダイニング、浴室、トイレなどでヒヤリハット事案が多く発生し、場所に物理的な問題はないような場合、そこで行われている介助に問題がないかを検討することになります。
(3)対象利用者
ヒヤリハット事案が、特定の利用者に多く発生している場合には、当該利用者の心身の状況と、当該利用者に対するケアの内容が適合しているかや、事故発生につながる危険な性質や癖などがないかを確認、検討する必要があります。
例えば、杖をついての自立歩行に難が出始めている利用者に対して、職員の見守りを強化するようにする、状態によっては歩行介助を検討する、という対策を取ることもできるかもしれませんし、食事中にむせかけた利用者について、早食いの癖があることがわかれば、誤嚥の危険を防止するために声掛けをすることが考えられます。
(4)内容
ヒヤリハット事案が、トイレ介助中、食事中、入浴中、送迎中など、特定のサービス中に発生していたり、薬の取り違え(服薬前)など、特定のヒヤリハット事案が多い場合には、サービス提供の状況を見直し、原因の存在について検討をする必要があります。
例えば、薬の取り違えに関しては、薬を管理する棚が整理整頓されておらず、利用者の薬が出しっぱなしになっているなどの問題が発覚するかもしれません。
複数回同様のヒヤリハット事案が発生している場合には、1度のうっかりには止まらない原因が存在する可能性が高いのです。
このような分析方法を参考に、皆さんの事業所でも、まずはどれか1つの項目に着目して、ヒヤリハット事案の分析に挑戦してみましょう。
11.ヒヤリハット事案を放置したらどうなる?
ヒヤリハット事案は、怪我等の具体的な結果が発生しないことから、日々の業務の忙しさの中で、見て見ぬ振りをしたり、対策を疎かにしてしまいがちです。
しかしながら、ヒヤリハット事案を放置すれば、事業所にとって大きな問題に発展しかねません。
以下では、ヒヤリハット事案を放置することによる影響について解説します。
11−1.介護事故の発生
ヒヤリハット事案は、介護事故の卵です。
つまり、ヒヤリハット事案が発生したにもかかわらず、何の対策もせず放置をすれば、同じ原因により、次は大きな介護事故が発生する可能性があります。
11−2..事業所への責任追及
ヒヤリハット事案を放置した結果、介護事故が発生した場合、事業所としては、事故に繋がる要因を認識していながら何の対策もしなかったことになります。
その場合、介護事業所としては、当該事故に関して安全配慮義務違反を免れることは困難であり、介護事故の被害を受けた利用者や利用者家族から、訴訟等による責任追及を受ける可能性が高くなります。
なお、介護事故が発生した場合の対応方法等については、以下の記事でも詳しく説明していますので、併せてご覧下さい。
11−3.職場環境の悪化
ヒヤリハット事案が発生した際、介護事業所に勤務する職員としては、通常は当然に、その原因を調査したり、再発防止に努めようとするはずです。
しかしながら、職員のこのような自発的な行動に対して、事業所がこれに取り合わなかったり、職員同士の情報共有の場を設けず放置してしまえば、意識高くサービス提供をしようとする職員の意欲を削いで行くことになります。
その結果、職員は、ヒヤリハット事案を目撃したり体験しても、これについて誰かに相談をして検討をしたり、議論することもなくなり、職場の空気はどんどん悪くなります。
さらに、このような職員同士、職員と事業所間で自由闊達な議論が出来ない職場では、ハラスメントや虐待も横行する傾向にあり、そうなれば、更なる職場環境の悪化も免れません。
12.ヒヤリハットの分析には弁護士の研修を!
ヒヤリハット事案の分析には、弁護士の視点が不可欠です。
以下では、ヒヤリハットの分析において、弁護士の研修を受ける意義を説明します。
12−1.弁護士の研修を受ける意義
弁護士は法律のプロであり、介護事故が発生した際、事業所がどのような責任を負い得るかについて、具体的な事例や裁判例の知識があります。
そのため、ヒヤリハット事案が発生した後の介護事故に関し、当該ヒヤリハット事案が存在していたことが、その後の介護事故の責任を検討する上でどのような影響を及ぼすかなど、将来的な介護事故に基づく責任の範囲や内容を想定しながら、詳細な分析をすることができます。
また、事業所だけで分析したのでは見落としていたり、思い至らない可能性のある、ヒヤリハット事案の発生原因とその防止のための方策なども、具体的に示すことができるのです。
ヒヤリハット事案の活用に悩んでいる事業所の皆さんは、まずは弁護士に相談してみましょう。
13.ヒヤリハット対策に関して弁護士法人かなめがサポートできること
弁護士法人かなめでは、介護業界に精通した弁護士が、以下のようなサポートを行っています。
- (1)ヒヤリハット事案の分析
- (2)ヒヤリハット研究会の実施
- (3)顧問弁護士サービス「かなめねっと」
13−1.ヒヤリハット事案の分析
ヒヤリハット事案は、その事業所オリジナルの事故防止のための教材です。
実際に事業所で発生したヒヤリハット事案を分析、検討することで、より具体的な状況に即した事故防止対策を練ることができます。
弁護士法人かなめでは、弁護士の視点からヒヤリハット事案を分析し、事業所のみなさんと一緒に、オリジナルの事故防止策を検討します。
詳しいお問合せは、以下の「お問い合わせフォーム」からお願いします。
※介護事業所の経営者側からのご相談に限らせて頂き、他業種の企業様、職員等一般の方か らのご相談はお請けしておりませんので、予めご了承ください。
13−2.ヒヤリハット研究会の実施
弁護士法人かなめでは、介護事業所の方々と共に、実際に生じた事例、裁判例を元にゼミ形式で勉強する機会を設け、定期的に開催しています。
実際に介護事業所の現場から得た「気づき」を参加者で共有し、それぞれの参加者の介護事業所の現場にフィードバックができる機会として、ご好評を頂いています。
ヒヤリハット研究会について詳しくは、以下のページをご覧下さい。
13−3.顧問弁護士サービス「かなめねっと」
弁護士法人かなめでは、顧問弁護士サービス「かなめねっと」を運営しています。
具体的には、弁護士法人かなめでは、トラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入しています。事業所内で何か問題が発生した場合には、速やかに弁護士へ相談できる関係性を構築しています。
具体的には、弁護士と介護事業所の関係者様でチャットグループを作り、日々の悩み事を、法的問題かどうかを選択せずにまずはご相談頂き、これにより迅速な対応が可能となっています。いつでもご相談いただける体制を構築しています。法律家の視点から利用者様とのトラブルをはじめ、事業所で発生する様々なトラブルなどに対応しています。
直接弁護士に相談できることで、事業所内社内での業務効率が上がり、情報共有にも役立っています。
顧問弁護士サービス「かなめねっと」について詳しくは、以下のサービスページをご覧ください。
以下の記事、動画でも詳しく説明をしていますので、併せてご覧下さい。
(1)顧問料について
- 顧問料:月額8万円(消費税別)から
※職員従業員の方の人数、事業所の数、業務量により顧問料の金額は要相談とさせて頂いております。詳しくは、お問合せフォームまたはお電話からお問い合わせください。
14.まとめ
この記事では、「ヒヤリハット」事案の定義や「ヒヤリハット事案」を収集することの意義について解説をした上で、具体的な「ヒヤリハット」事案を知り、これをどのように活かすことで介護事故を防ぐことができるのかについて解説しました。
ヒヤリハット事案は介護事故の卵であり、これを放置することで、重大な結果が発生する介護事故に繋がる可能性があります。
そして、そう言ったヒヤリハット事案を事業所が認識していたと言うことになれば、これを放置することによって、事業所が、事故についての責任を問われる可能性も高くなりますし、それ以外にも、職場環境の悪化等様々な問題が発生し得ます。この記事では、「ヒヤリハット」事案を放置した際に、どのような事故に繋がるのか、これにより事業所がどのような責任を負うかについても解説していますので、参考にしてみて下さい。
そのため、まずは、事業所をあげて「ヒヤリハット」事案をしっかり収集し、これに対する定期的な検証を行うことが重要となります。
この記事では、「ヒヤリハット」事案の収方法について、ヒヤリハット報告書の書き方を中心に解説をしていますので、「ヒヤリハット」事案の収集に苦労している介護事業所は、是非参考にしてみて下さい。
「ヒヤリハット」事案を上手に活用し、介護事故の防止に繋げていきましょう。
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