介護事業所の職員に対して退職勧奨を検討している方はいませんか?
例えば、他の職員へのパワハラの傾向があり、利用者に対しても横柄な態度で接し、クレームが頻発しているような問題職員に対しては、退職を促して穏便に辞めてもらいたいものです。
このように、雇用主である事業所が雇用する職員に対して退職を促すことを退職勧奨といいます。退職勧奨は、一方的に職員を辞めさせる解雇等とは異なり、交渉によって自発的に職員に退職してもらう方法です。退職勧奨はメリットが多くありますが、やり方を誤ると違法と評価されてしまうことがあります。
退職勧奨が違法と評価されてしまうと、職員から損害賠償請求がされる可能性があり、場合によっては退職の合意をしても後から取り消され、職員が在職したままになってしまう事態も考えられます。したがって、退職勧奨の実施には、事前準備や法的な知識が必要になります。
そこで、正しい退職勧奨の手続きを行うためには、交渉の専門家である経験豊富な弁護士に事前に相談をすることが重要です。
この記事では、退職勧奨を弁護士に相談するメリットとデメリットをお伝えした上で、退職勧奨における弁護士の役割や、退職勧奨の開始とその解決までの道筋について、具体的な事例をみながら説明し、最後に弁護士に相談する場合の費用について解説します。
退職勧奨をお考えで、弁護士に相談するか悩んでいるという介護事業者の方は、ぜひとも記事を参考にしてください。
それでは見ていきましょう。
この記事の目次
1.退職勧奨を弁護士に相談するメリット・デメリット
この項目では、退職勧奨を弁護士に相談するメリット、デメリットについて解説します。
1−1.メリット
退職勧奨を弁護士に相談する主なメリットは、以下の3つになります。
- 正しい退職勧奨の手続きを知ることで、法的リスクを回避できる。
- 適切な退職条件を設定できる。
- 退職勧奨後のトラブルを防止できる。
順番に見ていきましょう。
(1)退職勧奨の正しい手順を知ることで、法的リスクを回避できる。
退職勧奨はあくまで任意の手続きであり、法令上決まったルールがあるわけではありません。もっとも、実施の方法が不適切であれば、退職勧奨を受けた職員が精神的苦痛を受けたとして、事業所に対し損害賠償(慰謝料)を請求する可能性があります。
裁判所は、退職勧奨の態様(方法・手段)が「社会通念上相当と認められる限度を超え」 るもので、「不当な心理的圧力を加えたり、名誉感情を不当に害するようなもの」は違法であると判断しています(日本アイ・ビー・エム事件:東京地裁平成23年12月28日 労経速2133号3頁)。このような退職勧奨は、損害賠償請求がされるだけではなく、職員の退職の意思表示が錯誤や強迫によって無効となることもあります。
退職勧奨の進め方について弁護士に相談することで、このような法的リスクを回避しながら、退職勧奨を円滑に進めることができます。
▶参考情報:退職勧奨がパワハラ等で違法となる場合や退職勧奨を拒否された場合の対応方法については、以下の記事も併せてご覧ください。
・退職勧奨が違法となる場合とは?具体例や裁判例をまじえて徹底解説
(2)適切な退職条件を設定できる。
職員から退職の合意を得るためには、適切に退職条件を提示できるかがポイントです。
例えば、事業所が提示する退職条件は以下の通りです。
- 退職金の上乗せ
- 有給の買い取り
- 解決金の支払い
- 転職先の紹介、あっせん
このような退職条件を提示すれば、職員側が「今、退職した方が良いかも…」と感じ、 退職の合意まで円滑に手続きを進めることができます。
退職勧奨は、職員と交渉を行う場面であり、退職条件を提示することで、職員の退職する気持ちを引き出すことができます。したがって、退職条件を上手く活用するためには、交渉の専門家である弁護士に相談し、適切な条件設定を行うことが重要になります。
▶参考情報:退職勧奨時の退職金や解決金については、以下の記事でも解説していますので、併せてご覧ください。
(3)退職勧奨後のトラブルを防止できる。
退職勧奨により、職員と退職の合意に至ったとしても、油断は禁物です。
退職勧奨の後の手続きが上手くいかなければ、無用のトラブルを起こしてしまう可能性は否定できません。そのため、退職に向けた準備もしっかりしておくことが必要です。
最も重要な手続きは、「退職合意書」の締結です。内容としては、「退職日」「退職条件」「制服などの貸出物品の返還」そして「清算条項」を記載して置く必要があります。
このような合意書の作成にあたっては、職員の態度や回答など、個別の事情を考慮する必要があり、弁護士に相談することで、事案に対応した合意書を作成することが可能です。
1−2.デメリット
退職勧奨を弁護士に相談することの一番のデメリットは、弁護士費用がかかることにあります。弁護士費用については、「5.退職勧奨の相談を弁護士にする場合の費用とは?」で詳しく解説していますので、ご覧ください。
また、弁護士が退職勧奨の面接に同席する場合、退職勧奨の対象職員から心理的圧迫を受けたと主張され、かえって退職勧奨が進まない可能性があります。
弁護士が退職勧奨の面談に同席すべきかどうかについては、「3.弁護士は退職勧奨の場に同席すべき?」をご覧ください。
2.退職勧奨のどんな場面で弁護士に相談したほうがよいか?その理由は?
弁護士に依頼すべき退職勧奨の場面について、詳しく見ていきましょう。
2−1.退職勧奨をするかどうかを決める段階
まず、退職勧奨をするかどうか決める段階において、弁護士に相談することが考えられます。
退職勧奨は、任意の手続きであることから、いつ、どのような方法で実施するかは、原則としては自由です。しかしながら、退職勧奨を効果的に進めるためには、退職勧奨を実施するに至った理由や、その根拠をしっかり詰めた上で、計画的に実施する必要があります。
具体的には、同僚に対するハラスメントが問題となっている職員であれば、そのハラスメントの事実を、他の職員のヒアリング等を持って証明できるかどうか、能力不足により、求めている業務の水準に達していない職員であれば、それまでの注意指導の状況等が確実に残っているのかどうかなど、対象職員から反論があった場合に対応できるだけの準備が必要です。
そのため、退職勧奨をしたいと考えた際、現時点で退職勧奨をすることが効果的か、もう少し他の準備(注意指導や、懲戒処分等を含む)をするべきかどうか、退職勧奨に向けてどのような準備をすべきかどうかなどを、事前に弁護士に相談することで、具体的な対応についてアドバイスを受けることが可能です。
2−2.退職勧奨を実際に行う段階
退職勧奨を実際に退職勧奨を行う段階では、具体的な退職勧奨の方針や計画を検討していくことになります。
具体的には、退職勧奨のタイミングや、退職勧奨の面談を誰が行うかなどの他、退職勧奨と合わせて注意指導を実施するか、退職を拒否された場合にどうするかなど、計画を立てた上で退職勧奨に臨む必要があります。
このような場合に、弁護士に相談することで、退職勧奨の計画的な進め方についてアドバイスを受けることができ、違法にならないスムーズな退職勧奨が可能になります。
2−3.退職勧奨後の段階
退職勧奨が適切に行われ、退職の合意に至ったとしても、後日退職した職員から「退職することを強要された」「解雇だといわれた」などと主張され、退職の合意の無効や、金銭の請求がされることがあります。
事前に、弁護士に相談をしながら退職勧奨を進めた場合には、このような問題は発生しづらいですが、仮に、退職の合意を争われたり損害賠償請求をされた場合には、請求への対応の他、場合によっては事業所側の窓口として、交渉対応や窓口対応を行うことが可能です。
3.弁護士は退職勧奨の場に同席すべき?
結論から申し上げると、弁護士が退職勧奨の場に同席することは、好ましくないことが多いです。
「1−2.デメリット」でも少し触れましたが、弁護士は法律の専門家であり、同席するだけで、職員に対し、一定の威圧感を与えてしまう可能性が高くなります。
例えば、職員から、退職勧奨後に「弁護士が威圧的に交渉を進めようとした」「パワーハラスメントだ」と主張されてしまい、弁護士が同席したことで、かえって退職勧奨が円滑に進まなくなることもあります。
したがって、退職勧奨の面談はあくまで事業所が行い、弁護士は裏方に徹することが原則となります。
もっとも、対象となる職員が感情的になり当事者だけでは話ができないケースや、職員の問題行動の程度が著しく、重い懲戒処分も想定されるような場合には、弁護士が同席し、交通整理をしたり、法的な見解を述べることも考えられます。
退職勧奨の場に弁護士の同席を検討する場合、職員に威圧的な印象を与えないためにも、同席の方法や役割分担を明確に決めたうえで退職勧奨を実施するようにしましょう。
4.退職勧奨にあたっての弁護士の関わり方を具体例をもとに解説
この項目では、退職勧奨を実施する際に弁護士に相談した場合の関わり方を、実際の事例を紹介しつつ解説します。
4−1.設定
- 顧問契約締結
- 問題社員の発生
4−2.管理者からの相談
(1)事案の概要
X事業所(通所介護)では、正社員として雇用した40代のY職員がいる。Y職員は、当初は問題なく勤務していたが、入社してからしばらくたった後、連絡のない遅刻が増え、さらに、利用者の昼食時間にもかかわらず、介助に入らずに私物のスマートフォンを利用し、利用者へのケアや見守りを疎かにするなど、問題行動が目立ち始めた。
Yの勤務する事業所の管理者であるA施設長は、Y職員に対し、Y職員の問題行動のたびに指導を行っていた。しかし、Y職員に改善はみられず、かえって、Y職員がいることで他の職員の職場環境の悪化もみられたため、何とか退職を促せないかと考えている。もっとも、日々の業務もあることから、X事業所だけで対応することは難しいと感じていた。
そこで、A施設長は、数か月間に顧問契約した法律事務所Kに対して、本件を相談することとした。
A施設長から相談を受けた法律事務所KのH弁護士は、すぐに日程調整を行い打ち合わせを実施した。なお、H弁護士は、事実関係の確認のため、A施設長に以下の資料を持参するよう伝えた。
- Y職員の履歴書
- 雇用契約書・雇用条件通知書
- 人事記録(懲戒や注意指導の記録)
- X事業所の就業規則や組織図
また、Y職員の指導担当や直属の先輩職員がいる場合は、できれば同席していただきたい旨を連絡した。
そして、打合せ当日、A施設長と指導担当の主任職員Bが来所した。通された会議室でしばらく待つと、H弁護士が入室し、軽く挨拶を交わしたあと、以下のように切り出して打ち合わせがスタートした。
H弁護士:「今回、目標としては、Y職員に自主的に退職をしてもらうことですが、最終的な着地点としては、Y職員の解雇もあり得るものとして、検討や手続きは進めておく必要がありますね。効果的に退職勧奨をするためにも、今後の手続きを見据える意味でも、Y職員にどのような問題があるか、事実をできるだけたくさん集めて主張する必要があります。Y職員の問題はどのようなものか、具体的に教えて下さい。」
A施設長:「はい。Y職員は、利用者さんが食事をとる際、利用者さんの傍で食事の様子を見てはいるものの、注意力が散漫で、ケアをおろそかにしています。利用者さんによっては食事のサポートを積極的にすべきなのですが、ただ食事を眺めているだけといった感じです。ひどいときは私物のスマートフォンをいじったりもしています。他の職員がY職員に声をかけにいっても、「しっかりみている」「スマホで調べものをしている」などと言って、改善しようとしません。また、遅刻も目立つようになり、無断欠勤をすることも増えてきました。」
H弁護士:「それは事業所にとっても困りますね。Y職員には、どのような形で何度くらい注意指導をしていますか。」
A施設長:「利用者さんに何かあっては大問題ですので、指導担当の主任職員Bを中心に、気づいた時にはその都度注意をしてもらっています。ただ、Y職員は注意を受けたことが不服みたいで、あまり反省していないようです。Y職員の問題行動が続くようになってから1ヶ月ほど経ったときには、私も個室に呼び出して指導をしました。その後も再三にわたって指導を行いましたが、それでも改善される様子がありません。遅刻、欠勤に関しても、遅刻や欠勤の時には前もって施設に連絡をいれるようにその都度指導していますが、こちらも改善されていない状況です。」
H弁護士:「なるほど。主任職員BさんやA施設長が注意指導した時のY職員の態度は、具体的にはどんな様子ですか。」
主任職員B:「A施設長が言ったように、反省せずにふてくされている感じです。あまりにも行動が目に余るので、ある日利用者さんが帰った後、Y職員を呼び出して「食事の介助をおろそかにすれば、嚥下能力が下がっている方は、食事がのどに詰まって重大な事故につながるかもしれない。単に見ているだけではなく、食事に対して適切なサポートをするよう心がけてください」と言ったことがあるのですが、そうすると逆上した様子で「そんなことわかってる。でもここの利用者は体に触ると怒鳴ってくるし、怒られながら無理やり食べさせろっていうんですか!」と怒鳴られました。」
A施設長:「私が個室で話をすると、最初は「申し訳ございません」と一応謝罪の言葉を口にしていましたが、指導が重なってくるとだんだんと言い訳が多くなってきて、挙句の果てには、「○○職員や利用者の××さんが私の悪口を言ってきて、精神的にしんどくなっている」などと他人のせいにするような発言をし始めました。他の職員に確認しましたが、もちろんこのような事実はなく、嘘の発言をして自分への注意を逸らそうとしているようです。」
H弁護士:「Y職員の行動で、他の職員や利用者へのケアに影響はありませんか。」
A施設長:「残念ながら、良くない影響が出てしまっていると思います。例えば、利用者さんから声をかけられても、「今忙しいから〇〇職員に頼んで」と言って対応せず、結局他の職員が対応することがほとんどで、対応した職員に不満がたまっているのではないかと感じています。また、利用者のご家族様からも、「母の服をみたら、血がついていた。送迎時にY職員からは何も連絡を受けていない。ちゃんと母のことをみているのか」というようなクレームも何度か出てきています。それに、Y職員が他の職員の行動について批判したり、パワハラを受けているなどと言ったりするので、その度に私も事実確認をせざるを得ず、そうすることで他の職員もなぜ自分が疑われないといけないのか、と感じるようになっているようで、全体の雰囲気も悪くなってしまっているように感じます。」
H弁護士:「分かりました。それでは、Y職員の問題行動については、5W1Hを明確にして整理してもらえますか。そして、その際に誰がどのような形で注意指導をしているのか、それに対してY職員がどのように対応しているのかも整理してください。利用者やそのご家族からのクレームについても同様にお願いします。その際に、何か裏付けになるような資料があれば一緒に添付してください。それらを整理していただいた上で、今後の方針を考えていきたいと思います。」
4−3.プロセスの決定
その後、A施設長を中心にY職員の行動について整理してもらった上で、2回目の打合せを行いました。
はじめに、H弁護士がA施設長に、Y職員についてどのような対応をしていきたいかを確認しました。A施設長は、Y職員への度重なる指導と改善のなさに疲れ切っていること、周りの職員の不満も溜まっていっていること、利用者へのケアが疎かになることで施設内での事故やトラブルの発生が心配なこと等を挙げて、Y職員を辞めさせる方向で検討したいとのことでした。そこで、H弁護士は、現在の状況を踏まえたうえで、まずは、Y職員への注意指導を継続しつつ、退職を進めていくという方針はどうかと提案しました。それにA施設長も承諾し、退職勧奨を進めていくこととなりました。
打合せの中で、Y職員の問題点をさらに整理しつつ、今後の退職勧奨のプロセスをおおよそ以下の通り進めることにまとまりました。
- ① 1回目の面談は1ヶ月後に行う。1回目はすぐには回答を促さず、次回の面談までに検討してほしいと伝える。2回目は1回目から1週間以上期間を空けて行う。必要であれば、3回目の検討を行う。
- ② 1回目の面談までに面談で話す内容について、想定問答を作成する。大まかな内容としては、Yの行動の問題点、それに対する指導に対して改善が見られないこと、利用者側からのクレームも多くなっていること等を挙げ、改善が難しいようであれば退職してはどうかという施設の意向を伝える。
- ③ 面談は業務時間中に行い、A施設長と主任職員B、Y職員の2対1で行う。
- ④ Y職員が退職に承諾するようであれば、後日退職届を提出してもらう。
- ⑤ 施設から提示する退職の際の金銭支給について予算を確保しておく。
想定問答の内容については、一旦施設に作成してもらい、その後H弁護士が添削を行いました。このような準備を整えた上で、Y職員への面談が行われる運びとなりました。
【弁護士畑山浩俊のワンポイントアドバイス】
退職勧奨を行うときは、事前に手続きの流れを確認しておくと共に、上記のような想定問答を作成しておくことが大変効果的です。
本件のY職員のように、退職勧奨の対象となる職員には、事業所側の不満がたまっていることも多くあります。そうすると、何とかして職員を退職させようと意気込むあまり、職員の人格を非難したり、退職を強要するような発言をしてしまうことがあります。このような発言をしないためにも、あらかじめ想定問答を作成しておくことが重要になります。
退職勧奨の際に言ってはいけない発言については、以下の記事も併せてご覧ください。
4−4.管理者による退職勧奨
某日、施設内の個室にて、1回目の退職勧奨の面談が行われました。面談をするにあたっては、H弁護士から事前に気を付けるべきことについて以下のようなアドバイスを行いました。
- 面談は録音しておく。
- 一方的に話すのではなく、相手の話をよく聞く態度で挑む。
- 退職を強要するような言葉は使わない。特に「退職届を出さないなら解雇する」という言葉はNG
A施設長と主任職員Bは、H弁護士からのアドバイスを念頭に置きながら、丁寧にこれまでのY職員の問題点について説明し、退職してほしいという意向をY職員に伝えました。
Y職員からは特に反論はありませんでしたが、退職にはすぐには応じかねるという反応を示しました。その理由としては、「自分はシングルマザーで、貯蓄も少なく金銭的に厳しい状態だから、次の仕事が見つからない状況では退職することはできない」というものでした。
そこでA施設長は、「Y職員のそのような状況も考慮して、退職の際の条件についてはもう少し検討するので、次回の面談までに退職についてどうするか考えてきてほしい」と伝え、1回目の面談は40分ほどで終わりました。
4−5.弁護士への報告、相談
その日のうちに、A施設長はチャットワークを利用して、1回目の面談について報告を行いました。するとH弁護士からすぐに返信があり、次回の面談に備えて方針を検討したいので、近いうちにZoomで面談ができないかと提案がありました。そして次の日に、Zoomでの面談が行われました。
H弁護士は、Y職員の「金銭的に厳しい、次の仕事が見つからないと退職できない」という考えを踏まえて、退職について次のような追加条件を提示してみてはどうかと提案しました。
- ① 本来は退職金は発生しないが、退職をしてもらう代わりに給与の1カ月分を支払う。
- ② 現在残っている有給日数分の給与を支払う。
このような条件を提示し、少なくとも1カ月の間は転職活動に専念できることを伝えると、Y職員の不安もある程度解消されるのではないか、ということでA施設長も納得し、2回目の面談に挑むこととなりました。
4−6.報告、相談を受けての職員対応
1回目の面談から1週間後、2回目の面談を実施しました。はじめにA施設長は、「先日の面談でお聞きしたY職員の状況を考慮して、事業所でも退職の条件について検討しました」と切り出し、「① 本来は退職金は発生しない時期だが、退職をしてもらう代わりに給与の1カ月分を支払う。」「② 現在残っている有給日数分の給与を支払う。」の退職条件を提示しました。その上で、Y職員の考えはどうかと聞いたところ、「まだ少し迷いがあったが、そのようにしてもらえるのであれば退職します」とY職員は答えました。
Y職員も金銭的な条件に納得ができた様子でしたので、A施設長から今後の手続きについて説明し、2回目の面談は終了しました。
4−7.弁護士の同席による職員対応
今回は「4−6.報告、相談を受けての職員対応」のような流れになりましたが、退職の条件を提示してもなお職員側が退職勧奨に応じない場合もあります。
そういった場合の対応についてもみていきましょう。
2回目の面談を実施し、追加の退職状況を提示したにもかかわらず、Y職員は退職勧奨に応じることはなく、話合いは3回目の面談にもつれ込むこととなりました。1回目の場合と同様、A施設長はすぐにH弁護士に連絡し、2回目の面談の内容を報告しました。すると、どうやらY職員は金銭面だけではなく、他の職員や施設の運営に対する不満があり、そのせいで自分だけが辞めないといけないのはおかしいというような発言をしており、かなり感情的になっていることがわかりました。このような状況だと、当事者だけでは話がこじれてしまう可能性もあると判断し、次回の面談にはH弁護士も同席して説得することとなりました。
もっとも、弁護士が同席することは、Y職員に一定のプレッシャーを与えてしまうことになるため、H弁護士は、A施設長と面談の際の役割分担について打ち合わせを行いました。
決定した役割分担としては以下の通りです。
- 基本的にはA施設長が主導して話を進める。
- 相手から過度な金銭的要求があった場合、これまで確認できている事実とは異なったことを主張してくる場合、相手が感情的になってきている場合に限り、弁護士が対応する。
こうして3回目の面談では、弁護士が同席の上、話合いが進められました。Y職員が他の職員から悪口を言われていたことを感情的に主張する場面がありましたが、そこはH弁護士が事前に調査していた事実関係を丁寧に説明し、そういった事実はなく、逆にY職員が「○○について施設長にお伝えしませんでしたか」と別の職員に詰め寄っていた事実があることを伝えると、Y職員はそれ以上反論しませんでした。
最後にH弁護士から、今退職することのメリットを法的な観点から説明し、再度意向を聞くと、Y職員は退職に応じると話しました。
4−8.退職合意書の締結
面談後、H弁護士は退職届と併せて退職合意書を締結しておくことをA施設長に提案しました。
このようなH弁護士の取り計らいにより、事業所の運営に大きな支障をきたすことなく、A施設長も安心して他の手続きを進めることができました。
4−9.退職勧奨を受け入れない場合の対応
一方で、「4−7.弁護士の同席による職員対応」の以降の流れで、退職勧奨を受け入れない場合のシチュエーションについても確認しておきましょう。
「4−8.退職合意書の締結」と異なり、3回にわたる面談での説得にも拘わらず、Y職員は退職に応じることはありませんでした。
A施設長はもう少し粘り強く交渉をしていきたい意向を示しましたが、H弁護士は、「退職勧奨はあくまで任意での退職を求める方法なので、あまり回数を重ねすぎたり、執拗に退職を求めすぎたりすると、退職強要とされてしまう恐れがあり、結果的に退職してもらえたとしても、後に損害賠償請求をされたり、退職が無効と判断されてしまうこともあります。」と伝えました。その上で、今後は退職勧奨の方向性を再度検討しつつ、解雇ということも視野に入れて進めていくことにしました。
解雇をする場合にも、そこにいたるまでのプロセスが大切です。そのため、今までの口頭での注意指導から、書面による注意指導を行っていくこと、先に戒告等の懲戒処分を行うこと、その上で再度退職勧奨を行い、懲戒解雇とする、というような流れになることを説明しました。
▶参考:問題職員に対する注意指導についてや、戒告などの懲戒処分については以下で詳しく解説していますのであわせてご参照ください。
・問題職員の指導方法とは?正しい手順と注意点などを指導例付きで解説
5.退職勧奨の相談を弁護士にする場合の費用とは?
弁護士へ退職勧奨について依頼するにあたっては、弁護士費用がいくらになるのかは気になるポイントかと思います。ここでは、弁護士費用について解説します。
5−1.スポット契約の場合
弁護士法人かなめに退職勧奨のサポートを依頼する場合、例えば以下のような基準を目安にしてください。
▶参考例:
- 着手金:交渉案件として30万円~
- 報酬:「着手金」と同額や倍額、などの設定をすることもあります。但し、案件の状況によって増減することがあります。
5−2.顧問契約の場合
顧問契約を締結している場合、上記「5−1.スポット契約の場合」の費用を基準に、事案に応じて一定限度減額をさせていただいております。また、顧問契約の内容として退職勧奨に関する相談であれば、顧問契約の範囲内で実施してもらえる場合もあります。顧問契約を締結されている弁護士がいる事業所の皆様は、一度顧問弁護士に確認してみて下さい。
6.弁護士にする相談する場合の選び方
退職勧奨に関する依頼を弁護士にする場合、退職勧奨に強い弁護士を探すためにはどうすればよいでしょうか。
以下の項目では、なぜ退職勧奨に強い弁護士を探すべきかの理由と、その探し方について解説します。
6−1.退職勧奨に強い弁護士を探すべき理由は?
弁護士によってどの法的分野に精通しているかは様々です。労働事件を行う弁護士は少なくないといえますが、その中でも、事業所側の退職勧奨のサポートを行っている弁護士は決して多くはありません。依頼された案件を受任するかは弁護士に委ねられるため、専門分野外の分野であれば、時には受任を断られることもあります。
したがって、普段から労働事件を取り扱い、かつ使用者側で職員との退職勧奨の交渉の経験のある弁護士に相談することで、円滑に退職勧奨を進めることができます。
6−2.退職勧奨に強い弁護士の探し方
(1)インターネット
一番簡単な方法は、インターネットで「退職勧奨 弁護士」で検索することです。
法律事務所のホームページでは、退職勧奨のコラム・記事を書いているところや、経営者側の弁護士と記載されているものがたくさんあります。その中でも、実際に退職勧奨サポートを提供した実績のある法律事務所に相談を検討してみるのが良いでしょう。
参考として、弁護士法人かなめの退職勧奨に強い弁護士のサポート内容などを、「7.介護現場での退職勧奨を弁護士法人かなめの弁護士に相談したい方はこちら」の項目で解説していますので、併せてご参照下さい。
(2)口コミ
どの業界でも、同業者からの口コミは非常に大きな情報源です。介護業界の皆様は、普段から地域のコミュニティ、セミナー、ケアに関する研究会などで同業者間で交流されることが多いかと思います。
特に、実際に弁護士と顧問契約を締結している同業者がいれば、弁護士への相談内容や、実際の弁護士の対応、相談のハードル、レスポンスの早さなど、依頼する立場から有益な情報を得ることができます。何より、口コミが多くある法律事務所は、実際にそれだけ多くの事業所をバックアップしていることにもなりますので、弁護士を選ぶ際の一つの指標になります。
6−3.介護分野に特化した弁護士に依頼するメリットは?
介護業界においては、退職勧奨以外にも様々な法的な問題が発生しております。
例えば、利用者との利用契約書の締結や、重要事項説明書を用いた介護サービスの説明は、事業所が利用者に対し、どのようなサービス提供の義務が発生するかが決まる重要な法律行為にあたります。また、万が一介護事故が発生した場合は、利用者から事業所に対し、損害賠償を求める訴訟が提起されることがあります。最悪の場合、行政対応などが必要になる可能性もあります。
このように、介護業界においては、業界ならではの法的な問題が発生しており、弁護士に依頼する場面が多く考えられます。
本件のような退職勧奨においても、職員の問題点を検討するにあたっては、どのような介護サービスを提供しているかを把握し、何が問題にあたるかを検討することが重要です。もっとも、介護サービスの種類は様々であり、業務内容を弁護士が把握できなければ、事業所としても説明の負担が生じますし、場合によっては事件処理が遅滞するおそれもあります。
以上から、介護業界の法的問題に適切に対応するためには、業界に精通した弁護士に依頼することが紛争の迅速な解決に適切です。
7.介護現場での退職勧奨を弁護士法人かなめの弁護士に相談したい方はこちら
弁護士法人かなめでは、介護業界に精通した弁護士が、以下のようなサポートを行っています。
- (1)退職勧奨対応サポート
- (2)退職勧奨の窓口対応
- (3)労働判例研究会
- (4)顧問弁護士サービス「かなめねっと」
7−1.退職勧奨対応サポート
適切に退職勧奨を進めるためには、初回の面談の前に入念に準備をすることと、退職勧奨の正しい手続きを踏んでいくことが重要になります。そうではなく、事業者が法律上の裏付けを取らず、感覚やこれまでの経験で退職勧奨を実施してしまうと、職員から慰謝料の請求を受けたり、そもそも職員が退職しないことにもなり得ます。
弁護士法人かなめでは、退職勧奨を進める事前準備の段階から、退職勧奨後の手続きやトラブルの対応までトータルにサポートすることができます。これにより、事業所の方の負担を軽減し、一番大切な通常業務にできるだけ支障のないように支援することができます。
7−2.退職勧奨の窓口対応
退職勧奨は、基本的には、弁護士が窓口になるのではなく、事業所が主体となって対象職員と交渉を進めます。もっとも、事業所が主体となるべきかどうかは、個別の事案により判断されますので、弁護士が当初から対象職員への指導や交渉を引き受けることもあります。例えば、対象職員が交渉の段階で労働組合等に加入し、団体交渉の申し入れがあった場合などには、事業所が主体となってしまうと、日々の業務に影響が生じることが考えられますので、弁護士が窓口となることが多いです。
弁護士法人かなめは、退職勧奨の際の窓口や、このような団体交渉への対応経験も豊富であり、窓口対応を任せることで、施設運営への支障や交渉の不安を解消することができます。
7−3.労働判例研究会
弁護士法人かなめでは、普段の労務管理の参考になる労働判例を取り上げ、わかりやすく解説する労働判例研究会を定期的に開催しています。このゼミでは、参加者の皆様から生の声を聞きながらディスカッションをするため、ただの知識ではない、事業所に戻ってすぐに使える知識を得ることができます。
7−4.顧問弁護士サービス「かなめねっと」
弁護士法人かなめでは、「7−1.退職勧奨対応サポート」「7−2.退職勧奨の窓口対応」「7−3.労働判例研究会」を含んだ介護事業者向けの法務面を総合的にサポートを行う顧問契約プラン「かなめねっと」を提供しています。
弁護士法人かなめでは、トラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入し、施設内で何か問題が発生した場合には、速やかに弁護士へ相談できる関係性を構築しています。
具体的には、弁護士と事業所の関係者様でチャットグループを作り、日々の悩み事を、法的問題かどうかを選択せずにまずはご相談頂き、これにより迅速な対応が可能となっています。いつでもご相談いただける体制を構築しています。
法律家の視点から利用者様とのトラブルをはじめ、施設で発生する様々なトラブルなどに対応しています。直接弁護士に相談できることで、施設内での業務効率が上がり、情報共有にも役立っています。
介護業界に特化した顧問弁護士サービス「かなめねっと」について詳しくは、以下のサービスページをご覧ください。
また以下の記事、動画でも詳しく説明をしていますので、併せてご覧下さい。
▶︎【介護・保育事業の方、必見】チャットで弁護士と繋がろう!!介護保育事業の現場責任者がすぐに弁護士に相談できる「かなめねっと」の紹介動画
(1)顧問料
- 顧問料:月額8万円(消費税別)から
※職員の方の人数、事業所の数、業務量により顧問料の金額は要相談とさせて頂いております。詳しくは、お問合せフォームまたはお電話からお問い合わせください。
また、顧問弁護士サービス以外に弁護士法人かなめの弁護士へのスポットの法律相談料は、以下の通りです。
(2)法律相談料
- 1回目:1万円(消費税別)/1時間
- 2回目以降:2万円(消費税別)/1時間
※相談時間が1時間に満たない場合でも、1時間分の相談料を頂きます。
※スポットでの法律相談は、原則として3回までとさせて頂いております。
※法律相談は、「1.弁護士法人かなめにご来所頂いてのご相談」、又は、「2.ZOOM面談によるご相談」に限らせて頂き、お電話でのご相談はお請けしておりませんので、予めご了承ください。
※また、法律相談の申込みは、お問合わせフォームからのみ受け付けおります。
※介護事業所の経営者側からのご相談に限らせて頂き、他業種の企業様、職員等一般の方か らのご相談はお請けしておりませんので、予めご了承ください。
8.まとめ
この記事では、退職勧奨を弁護士に相談すべき理由や、相談する場合のメリット・デメリット、退職勧奨における弁護士の役割を説明し、具体的な事例を参照しつつ、退職勧奨においての弁護士の関わり方や解決に至るまでのプロセス、そして弁護士費用について解説しました。
スムーズに退職勧奨を進めるためには、退職勧奨の方針や対象職員に関する情報共有、面談の際の気を付ける話し方やデモストレーション、退職の合意に至った場合には退職合意書の作成など、入念に計画を立てたうえで準備することが必要です。また、退職勧奨に伴って、対象職員や他の職員に対する配慮も欠かせないところです。
これらをすべて事業所が適切に判断して実施することには限界があり、通常業務も並行して行う必要があることも考えると、事業所側の負担は決して小さくありません。万が一、退職勧奨を進めていく中でトラブルがあれば、さらに精神的負担を抱えてしまいます。
弁護士法人かなめでは、介護業界、退職勧奨に精通した弁護士がそろっており、きめ細やかなアドバイスや適時の窓口対応により、事業所の皆様の負担を軽減します。退職してもらいたいと考えている職員がいて、退職勧奨をすべきか、または退職勧奨をするにしても面談の方法や進め方にお悩みの事業所の方は、早い段階で専門家である弁護士に相談するようにしましょう。
「弁護士法人かなめ」のお問い合わせ方法
介護事故、行政対応、労務問題 etc....介護現場で起こる様々なトラブルや悩みについて、専門の弁護士チームへの法律相談は、下記から気軽にお問い合わせください。
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介護事業所に特化した法務サービス「かなめねっと」のご案内
弁護士法人かなめではトラブルに迅速に対応するためチャットワークを導入しています。他にはない対応力で依頼者様にご好評いただいています。
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介護業界に特化した経営や現場で使える法律セミナー開催情報
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弁護士法人かなめでは、「介護業界に特化した弁護士」の集団として、介護業界に関するトラブルの解決を介護事業者様の立場から全力で取り組んで参りました。法律セミナーでは、実際に介護業界に特化した弁護士にしか話せない、経営や現場で役立つ「生の情報」をお届けしますので、是非、最新のセミナー開催情報をチェックしていただき、お気軽にご参加ください。
介護特化型弁護士による研修講師サービスのご案内
弁護士法人かなめが運営している社会福祉法人・協会団体・自治体向けの介護特化型弁護士による研修講師サービス「かなめ研修講師サービス」です。顧問弁護士として、全国の介護事業所の顧問サポートによる豊富な実績と経験から実践的な現場主義の研修を実現します。
社会福祉法人の研修担当者様へは、「職員の指導、教育によるスキルアップ」「職員の悩みや職場の問題点の洗い出し」「コンプライアンスを強化したい」「組織内での意識の共有」などの目的として、協会団体・自治体の研修担当者様へは、「介護業界のコンプライアンス教育の実施」「介護業界のトレンド、最新事例など知識の共有をしたい」「各団体の所属法人に対して高品質な研修サービスを提供したい」などの目的として最適なサービスです。
主な研修テーマは、「カスタマーハラスメント研修」「各種ハラスメント研修」「高齢者虐待に関する研修」「BCP(事業継続計画)研修」「介護事故に関する研修」「運営指導(実地指導)に関する研修」「各種ヒヤリハット研修」「メンタルヘルスに関する研修」をはじめ、「課題に応じたオリジナル研修」まで、介護事業所が直面する様々な企業法務の問題についてのテーマに対応しております。会場またはオンラインでの研修にご対応しており、全国の社会福祉法人様をはじめ、協会団体・自治体様からご依頼いただいております。
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